セイコーエプソンのインクジェット装置が,シャープの最新鋭液晶パネル工場である亀山第2工場に納入されていたことが明らかになった(Tech-On!の関連記事「セイコーエプソンのインクジェット装置,シャープの亀山第2工場に納入されていた」)。

 ちょうど1年前の2005年10月19日に開かれた「FPD International」の基調セッションで,シャープ常務取締役 液晶事業統括の片山幹雄氏は,亀山第2工場では「部品・材料のコストダウンを徹底的に進める」と語った(本コラムの以前の記事)。そのための有効な手段として同氏は,シャープなど20数社が出資し,東北大学と産業技術総合研究所も参加した産官学の研究共同体「フューチャービジョン」の研究成果を盛り込むことを挙げた。フューチャービジョンの成果の一つがカラー・フィルターの製造工程をインクジェット法にすることである。片山氏の「公約」どおり新技術が導入されたのである。

インクジェット装置,外販へ

 それはそれでいいのだが,このニュースの後段で気になる記述があった。セイコーエプソンは,このインクジェット装置を外販し,「2010年にはインクジェット装置事業全体で500億円の売り上げを目指す」のだという。

 1年前の片山氏の講演では,フューチャービジョンとは日本メーカーが一致団結して「擦り合わせ」で独自技術を開発して,韓国・台湾勢に押され気味の状況を逆転するためのものだ,という風に聞こえた。その成果が埋め込まれた装置をなんともあっけなく,なんとも早く外販するものだ,というのが筆者の抱いた率直な感想である。

 もちろん,装置を買ってきさえすればカラーフィルターが製造できるというものではないだろう。きっと,シャープはシャープで,セイコーエプソンが製造した装置に加えて独自のノウハウを盛り込んでいるに違いない。

装置がすべてではないのだが…

 そういえば筆者はこの前,半導体装置メーカーの技術者の方々に製造装置の外販の影響について聞いてみて鋭い反発にあった。その質問は「日本の半導体メーカーが競争力を落とした理由の一つとして,装置にノウハウが組み込まれて,装置さえ買ってくれば作れるようになって,韓国や台湾のキャッチアップを許した,という面があると言われていますが…」というものだった。そしたら技術者の方々は血相を変えて「装置さえ買ってくれば半導体が作れるなんて,そんなすり替えの議論をいまだにしているからダメなんですよ」「ノウハウを教えに行った,などという感覚はない」と猛反発されたのだ。

 さらに筆者はある工作機械メーカーの方に,「日本のものづくりのノウハウが埋め込まれた装置をアジア諸国に出しているのではないか」と聞いたことがある。その方は「確かにアジア諸国向けには,当社が日本のユーザーとの共同開発を通じて培ったノウハウを埋め込んで,簡単に操作できる自動化された装置を提供している」と言う。ただしその方は「しかし,それは基本的なベースラインに過ぎない。装置さえ買ってくればいいというものではない。それを基に自分なりの使いこなしをいかに突き詰めていくかで勝負が決まる」と語っていた。

 このように,半導体製造装置でも工作機械でも,装置を買ってくればものが作れるなんて生易しいものではないことはよく分かる。しかし,それでもなお,装置の外販がアジア諸国のキャッチアップを早めたことも事実ではあろうと思う。

 例えば,日経エレクトロニクス誌2006年7月31日号の特集「鴻海(Hon Hai)は敵か見方か」によると,EMS(electroncs manufacturing services)企業の台湾Hon Hai社は,高度な金型技術を保有しており,通常4~6週間かかる樹脂射出成形用金型の製造リードタイムを7日に短縮している(pp.106-107)。それを支えているのが「金型業界の常識とは懸け離れた大規模な金型製造設備」である。日本の中小金型メーカーなら数台しか持っていない装置を同社は2000台も保有し,3万人の金型技術者が24時間体制でフル稼働している。この金型製造装置の多くは日本製であるに違いない。

 また,この特集のp.99の別掲記事にファインテック社長の中川威雄氏のコメントが出ている。中川氏と言えば,東京大学 生産技術研究所の元教授で,金型や素形材の権威である。筆者も日経メカニカル誌(日経ものづくり誌の前身の雑誌の一つ)の記者時代に何度か取材させていただいたことがある。

「Hon Haiにつくれないものはない」