先々週の9月8日,「2006東京国際デジタル会議」で,ドイツ証券の佐藤文昭氏による講演「革新を生み続ける企業戦略」を聴かせていただいた。日本の電機業界が抱える深刻な構造問題と業界再編の重要性について改めて考えさせられた(Tech-On!の関連記事1)。

 佐藤氏はまず,日本の総合電機メーカーは,欧米や韓国の大手電機メーカーと比べて,時価総額で大きく水を空けられ,国際資本市場での評価が低くなっていることを問題点として挙げた。評価が低ければ当然,資金調達やM&A面で厳しい局面に立たされる。

 あまり評価されない最大の理由は,営業利益率が低いことである。最近,日本の電機メーカーの多くは営業利益率が回復しているように見えるが,その中身を分析すると,「研究開発費や減価償却費を抑えて,なんとか利益率を確保しているような状態で,付加価値ベースで見ると決して改善していない」(佐藤氏)という。つまり,将来の事業拡大や新規事業の可能性を摘んでまで,無理して利益を計上しているのが実態のようである。

儲かる企業と儲からない企業

 一方で日本には,自動車,精密機器,材料産業など,高い営業利益率を達成し,国際資本市場から高く評価されている産業分野も存在する。儲かる企業と儲からない企業の違いはどこから生まれたのか。佐藤氏は,その違いは「産業構造」にあると分析する。

 佐藤氏の言う儲かる企業の産業構造とは,(1)日本企業より構造的にコスト高,もしくは同等の体質の欧米企業が残っていること,(2)日本より低コスト体質のアジア企業が少ないこと,(3)日本の参入企業数が少ないこと,の3点である。

 このうち,(1)のような欧米企業が存在している業種の典型が自動車産業だ。米国のビッグスリーは弱体化しているものの,依然として一部の消費者からは支持を受けており,なんとか復活させようと頑張っている。つまり,ビッグスリーの持つ高コスト体質を受け入れる土壌が米国にはある。その市場に,米国メーカーよりも低コスト体質の日本メーカーが入って,米国メーカーと同じ価格設定にすれば大きな利益を出すことができる。「米国メーカーは決して潰してはならない」と佐藤氏は言う。これはつまり,高コストを受け入れてくれる市場を残しておかなければならない,ということのようである。

 第二のポイントである(2)についても自動車産業が参考になる。近年,韓国の自動車メーカーが躍進してきており,中国のメーカーもキャッチアップしようとしている。アジアの自動車メーカーはコスト構造面では大きな可能性を秘めているが,まだ電機産業ほどには高いプレゼンスは確立していない。日本メーカーの技術的な優位性がまだ高い状況だと思われる。デジタル家電分野でコモディティー化の原動力となった「デジタル化」がまだ自動車分野ではそれほど進んでおらず,製品アーキテクチャ面でもまだインテグラル型(擦り合わせ型)の色彩が強いために,アジア勢のキャッチアップの速度が遅いことに助けられている,ということもあるだろう。

 第三のポイントである(3)の企業数については,電子材料や電子部品産業が当てはまる。参入企業が少なく,例えば液晶パネル向けの材料では,1社か2社でほとんどのシェアを占めているほどだ((Tech-On!の関連記事2)。

諸悪の根源は企業数が多いこと

 これに対して日本の大手電機メーカーは,この三つのポイントをすべて外している。特に,約10社もある企業数の多さが深刻な問題である。佐藤氏は,半導体産業を例にとって,その弊害を説明した。日本メーカーは,1980年代に米国メーカーをほぼ壊滅させてわが世の春を謳歌したが,1990年代に入って雲行きが怪しくなる。半導体工場への投資規模がドンドン巨大化していったのである。

 なんせ多くの会社がひしめきあいながら市場のパイを分け合っていたので,1社当たりの売上規模はそれほど大きくならない。投資余力も限られる。ところが,微細化に伴って投資規模は加速度的に大きくなっていき,1社だけではとてもまかなえない状況に陥る。そこで,日本メーカーの一部は例えば,台湾などアジアメーカーと共同出資で現地に工場を立ち上げた。

 一方で,「まさかアジア諸国は最先端の半導体技術にキャッチアップすることはできないだろう」というおごりから,さまざまなルートで技術を供出していった。そのうち,アジアの専業半導体メーカーが国際市場で認められ,株価が上がり,資金を調達できるようになる。資金に加えて,日本から教わった技術をベースに独自に大規模な投資を始めるようになったのである。

 こうして半導体産業は,もともと大手電機メーカーのすべてが手掛けていて過当競争だったところへ,コスト競争力に優れたアジア勢が参入してきてさらに低価格化のプレッシャーを強めた。価格下落に歯止めがかからず,高コスト体質の日本メーカーの利益率は急降下…という経過をたどった。

 佐藤氏は,企業数が多過ぎる弊害は,半導体に限らず,携帯電話機などのデジタル家電から白物家電,そして重電機器まで,日本の電機産業の全般に言えることだと見る。

「高い買い物」になってしまった理由とは