Tech-On!のN副編集長が苦笑いの表情を浮かべながら筆者の机に近寄ってきた。N君がこのような表情をするのは,何か問題が起きたか,筆者に文句があるときである。少し身構えていると,「ブログ読まさせて頂きました。しかしですね…」と言う。

 彼の言うブログとは,前回の当コラムである。その中で,日本の半導体メーカーが1970年代から1980年代にかけて,過剰技術で過剰品質を作る「技術文化」を形成した,というくだりについて,N君は言いたいことがあるようだ。そういえばN君はこの時期に半導体メーカーに在籍していて,まさにその渦中にいたのである(日経マイクロデバイスのブログ記事)。

「我々はコストダウンのことも考えていた」

 N君は,当時の半導体メーカーは品質を上げることばかり考えていたわけではなかった,と語る。「確かに,私の場合,要素技術の一つであるリソグラフィの合わせ精度の極限を追求するという仕事をしていたが,過剰品質のものを作っているつもりはなかった。むしろ,頭の半分ではいかにコストダウンするかを考えていたし,会社からも常にコスト意識を持つようにしつこく言われていた。マスク枚数の低減や歩留まりの向上についても会社を挙げて常に考えていた」。

 高品質のデバイスを作ることだけに邁進していただけなくコストダウンも進めていた,という彼の言葉を聞いていて,筆者は考え込んでしまった。むしろ,「いやー,確かにコストダウンは度外視でしたね~」とでも言ってくれたら,むしろ話は簡単であり,対応策も見つけやすい。しかし,コストダウンを進めていたにもかかわらずコスト競争力で負けた,ということになると話は厄介である。どこに落とし穴があったのであろうか。

 それを考えるために,「コストダウン」には二つの種類がある,という「仮説」を立ててみたい。一つは,極限の品質をそこそこのコストに収めるためのコストダウン,もう一つは品質とは別にひたすら追求するコストダウンである。

極限品質を実用化するためのコストダウン

 第一のコストダウンをもう少し詳しく説明すると「極限性能を追求するとどんどんコストがかさんで非現実的なものになってしまうので,一方でコストダウンを頑張って実用レベルのものに仕上げる」というものである。さっそく前述のN君の席に行って聞いてみた。「そのころ進めていたコストダウンって,極限の品質を追求するためのもので,実は両者はセットになっていたんじゃない?」 するとN君は浮かぬ顔ながら「そういう面はあったのかもしれない」と言う。

 そこで大きな役割を果たしたのが装置メーカーであった。日本メーカーはDRAMの「極限品質向上+コストダウン」を進めるにあたって,装置メーカーと共同開発し,DRAMの製造装置は日本メーカー向けの特注品として開発されたのである。その結果,品質や性能を上げるためのノウハウが次々と装置の中に埋め込まれていった。

 一方,第二のコストダウンは品質向上とは関係なく,コストダウンを第一義に推進するものである。通常,こんなことをすれば不良が頻発してかえってコストが上昇してしまうが,DRAMの場合は事情が異なった。そこには日本が開発した品質向上技術が有形無形に埋め込まれた装置があり,それを韓国メーカーをはじめとする後続メーカーが購入できたからである。後続メーカーは品質向上技術を装置に頼ることによって,少なくとも当初はコストダウンのみに邁進できたのである。

 実際,当時の韓国メーカーには品質を上げるための要素技術の担当者は少なかったようだ。N君の話によると,同君と一緒にリソグラフィの開発を進めていた装置メーカーの担当者は韓国メーカーから装置を受注すると,納入後に韓国メーカーに出向してラインの立ち上げを手伝った。その担当者は,「まるで韓国メーカーの要素技術担当者のように働らかされた」とN君に語ったという。

コストダウンのための「特徴的な技術」

 さてここからが重要なポイントなのだが,品質向上策をカットすることによって浮いた人的・資金的な余力を,韓国メーカーや台湾メーカーはコストダウン策に注ぎ込むことによって,次第に独自の「コストダウン技術」を花開かせた。このコストダウン技術の存在そのものに日本メーカーはなかなか気付かなかったということのようである。前回のコラムで紹介した同志社大学の湯乃上隆氏は「低コストのDRAMを生産するための特徴的な技術が確かに存在した」と述べている。

 そのコストダウン技術とは,湯乃上氏によると,「既存装置を延命する要素技術であり,少ないマスク枚数と工程数で短期間にフローを構築するインテグレーション技術であり,速やかに高歩留りを実現する生産技術である」(日経マイクロデバイス誌2005年10月号pp.58-59)。

 2種類のコストダウンという仮説のもと,日本メーカーは品質とセットになったコストダウンを,韓国台湾メーカーは品質とは分離したコストダウンを進めたのではないか,と見てきたが,もう一つ別の見方をすれば,品質のスペックを限りなく上げていくのか,あるところで線を引くのか,という違いとも言えそうである。

 前述の湯乃上氏は別の論文(湯乃上隆『技術力から見た日本半導体産業の競争力』リサーチペーパー04-07)の中で,品質と歩留まりの関係を分析し,品質の「目標スペックを高く設定すれば,良品の数は減少し,その結果歩留まりは低下することになる」としている。つまり,日本メーカーは目標スペックが高いために歩留まりが低くなり,その結果コスト競争力が下がったともいえる。ここでも結局は「目標とするスペックが適正なのか,過剰なのか」ということ帰結する,ということかもしれない。

結局は品質スペックの考え方の違い