前々回のコラムで,先々週の7月14日に開催した自動車材料関連セミナーの講演内容を紹介したが,その中でレーザー溶接についてお話いただいた阪和興業 関連事業部 HTS担当 部長の石原弘一氏と,講演後の雑談で「日本人の持つ国民性として,『過剰品質』になる傾向があるのではないか」という話題で盛り上がった。ここではそれを仮に「過剰品質体質」と呼ぼう。

 石原氏は,日本でレーザー加工のような新工法の導入が遅々として進まない理由を考えるうちに「日本で先行して電子ビーム溶接が普及したことが,レーザー加工の普及を阻んでいる」ことに気付いたという。電子ビーム溶接は真空チャンバーを使う。メンテナンスが面倒なため欧米では普及しなかったが,日本ではメンテナンス技術を磨くことによって上手く使いこなした。

 それはそれでいいのだが,問題なのは,日本ではこれを基準に溶接部の品質を評価するスペックが決まってしまったことである。

スペックが「高止まり」

 電子ビーム溶接の特徴は,金属溶融部の幅が狭く,厚さ方向に深いことである。いわゆる「深溶け込み」(ふかとけこみ)の状態になる。これに対してレーザー溶接では,溶け込みが浅い。つまり,レーザー溶接だと,溶接部の基準スペックを満たせないのだ。

 レーザー溶接を導入するには,溶接部の基準スペックを変更する必要がある。しかし「これが難関なんです」と石原氏は渋い顔だ。実験などでレーザー溶接の溶け込みの深さでも強度面で問題ないことを示しても,一度決めたスペックを変えることには抵抗感があるというのである。この結果,過剰品質になっていると石原氏は見る。ただし同氏は,深溶け込みが可能な新しいレーザー溶接の手法が登場してきているので,そうなると状況は変わるかもしれない,とレーザー技術そのものの進展に期待を込める。

 これを聞いていて筆者は,『日経ニューマテリアル』の記者だった十数年前のことを思い出した。ある自動車メーカーの材料技術者の方に取材させていただいたときのことである。その方は,コストパフォーマンスの高い材料を見つけて,設計者に提案する仕事をしていたのだが「設計者は過去に定めた樹脂材料のスペックにこだわる傾向がある」と指摘してくれた。自動車メーカーの設計者は,その時点で手に入る最高性能の材料を選択する傾向が強く,それを基準に材料特性や加工条件などさまざまなスペックが決まることが多い。そしていったんスペックが決まると,それを変えるのには大きなエネルギーが必要です,と言っていたのである。

 例えば,この材料技術者の方は,自動車と同じ重さの振り子をバンパーにぶつけて,バンパーが割れるかどうか調べる試験機を考案し,いちいち実車試験を行わなくともそれに近い試験ができるようした。その上で,さまざまな樹脂グレードを金型形状ごとに試験して,「どんな金型形状でも割れないゾーン」「一部の金型形状で割れるゾーン」「どんな金型でも割れるゾーン」の三つに分け,「どんな金型形状でも割れないゾーン」の中で最も低い特性値(アイゾット衝撃値など)を材料スペックとすることを提案していた。

 もちろん,コストダウン要請が厳しくなっている現在,より現実の要求に合わせてスペックを見直す試みは進んでいるに違いないが,石原氏の話を聞いていて過剰なスペックを維持しようとする「体質」はまだ残っているのかもしれない,と感じた。

「減点主義」が背景に?

 では,なぜ過剰なスペックを守ろうとするのだろうか。それは日本に特有の現象なのだろうか。前述の石原氏は,日本企業によくある「減点主義」が背景にあるのではないか,と語る。日本メーカーは一般的に「失敗」に対して厳しく,一度しくじると元の状態に戻れないほどのダメージを受ける傾向が強い。これに対して,欧米では,成果主義の人事制度が日本よりは普及しており,現状を維持するよりもとにかく新しいことに挑戦しないと評価されない雰囲気が醸成されている。この違いではないか,というのである。

 ただし,日本の自動車・部品メーカーの「過剰品質体質」が単純に悪いことだと言えない問題であるのも確かである。交通事故による死傷者が依然多い自動車では,安全が強く求められ,顧客が過剰品質であることを受け入れる土壌がある,とも言えるだろう。また,この体質によって,新技術の導入には慎重になる傾向が強まるが,その代わりに既存技術の改良には大きな力を注力できる。逆に言うと,既存技術の改良に優れているから,新技術を導入しなくても済む,とも言えるのかもしれない。そして実際,日本の自動車メーカーの国際競争力は高いレベルにある。

「技術の的を外している」