先週の11月10日,ものづくりパートナーフォーラムが大盛況のうちに終わった。来場いただいた方にはこの場を借りて厚くお礼申し上げたい。いつもながら,このフォーラムに参加すると,日本のものづくりの競争力の原点は,中小企業が培ってきた成形・加工・金型技術であることが実感される。

 終了後の懇親会で,ある冷間鍛造メーカーの方と話し込んでしまった。その方によると,冷間鍛造技術の肝は「金型設計」にあるという。理由は次の通りだ。

 まず,自動車メーカーなどから製品図面が鍛造メーカーに届く。それを基に鍛造メーカーは金型図面を作成する。日本メーカー同士の場合,その製品図面はかなり簡単なものであることが多い。長年の付き合いにより,鍛造メーカーは製品メーカーの設計思想を理解しており,「阿吽(あうん)の呼吸」で製品図面から設計意図を読み取り,金型図面に反映させることができるからである。鍛造メーカーはその簡単な製品図からだけで,どこまで鍛造で作り,どこから機械加工で作るか,工程設計をする。最も効率的でコストが低減できる工程を設計するのもノウハウの1つである。

弾性変形を見越して図面を補正

 実際に金型を設計する上で難しいのは,製品の形状ぴったりに鍛造金型のくぼみを彫り込んでもうまくいかないことである。主な原因は金型自体の弾性変形だ。鍛造の際,金型には被鍛造材から大きな反力を受ける。このため,金型がわずかに膨らむ。この膨らみは弾性変形なので,力を除くと形状は元に戻る。そのあたりの挙動をきちんと考慮しつつ図面を補正しないと,良い金型はできないのだという。

 「そんなに難しいなら,やはり鍛造金型は日本メーカーでしか作れないんですか?」と聞くと,「確かに日本の製品メーカーが望むものは日本の金型メーカーでしか作れないでしょうね」との答え。もっとも,そのメーカーは自動車メーカーの要望でタイに鍛造工場を持っており,そこで日本人技術者の指導の下に金型も作っている。現地の社員にせっかく技術を教え込んでもすぐ辞めてしまうのが悩みだという。

 次に材料メーカーとの関係を聞いた。まず口にしたのは,増産したくとも最初に契約した量以上の材料をなかなか回してくれないという不満である。ただし,材料メーカーの鍛造メーカーに対する注目度は高く,カスタム・グレードの共同開発には熱心だという。鍛造メーカーは最終製品メーカーのニーズを素早く吸収してよく知っているので,カスタム・グレードの開発に,その知識が必須だからである。カスタム・グレードがいったん採用されれば,他の材料に変えにくいので安定的に量が確保できる。これまでの開発例としては,デジタル家電分野でこれまでプラスチックを使っていた部品をアルミ鍛造に変えることによって精度と高級感を向上した事例や,自動車分野でこれまで機械加工をしていた部品をニアネットシェイプを可能にしてコストダウンしたケースなどを紹介してくれた。

 さらに,若手社員に成形・金型のノウハウは伝承されているかどうか,聞いてみた。すると「ええ,結構頑張ってますよ」との頼もしい答え。採用自体はなかなか難しいが,いったん入社して教育すると,興味を持ってくれるという。「ものづくり」は誰でもやってみると面白いと思うものだそうだ。学生が中小加工メーカーにも興味を持つように「ものづくり」のイメージアップをしたい,メディアもぜひキャンペーンして欲しいと逆にお願いされてしまった。ただ,同社も最近は分業が進んで,昔のように一人が営業から設計から製造まですべて手掛けるということがなく,鍛造技術の全体像を学ぶのが難しくなっているという。「仕事をローテーションするなりして覚えてもらうようにしなくてはいけないですね」という。

 長々と話しているうちに,中締めのあいさつの時間になってしまった。その鍛造メーカーの方にお礼を言って,懇親会の会場をぐるっとあいさつして回った。何人かの方にお話を聞いて,日本金型の競争力という面で気になる話題が2点あった。第1は,樹脂の成形金型では中国などアジア系メーカーが実力をつけてきて輸入が増えていること。ある成形メーカーの幹部は「実を言いますと,もう日本では量産用の金型も成形もやっていないんです。今日本でやっているのは試作だけです」という。第2に,金型製造に使う工作機械でアジア諸国,特に韓国メーカーの実力が上がっているという点。「韓国メーカーの工作機械は日本と遜色ないところまで来た」という声も聞いた。これらの声がごく一部の特殊な分野における事情なのか,全般な状況なのか,今後も注視していきたい。

真似ができない「ものづくり文化」

 ものづくりパートナーフォーラムに出展いただいた成形メーカーの話を聞いて,日本のものづくりの強さの一面が改めて分かったような気がした。おそらく,金型・成形技術そのものを取り出してみれば,どの国の人間であっても習得は可能であろう。真似ができないのは,製品メーカー,成形・金型メーカー,材料メーカーといった企業同士が緊密に共同開発するものづくりのシステムである。「ものづくり文化」と言ってもいいかもしれない。こうした日本が伝統的に培ってきた「ものづくり文化」と相性の良い,自動車や一部のデジタル家電では高い競争力を日本は保っているということであろう。

 さてここで考えなければならないのは,こうした日本的なものづくりの手法がグローバル化やイノベーションの進展という大きな変化の中で有効なものであり続けるのかどうか,という点である。過去の成功体験がかえってマイナスになると考えるのか,過去の蓄積の上に新たなシステムを構築しようと考えるのか,意見は分かれるだろうが,筆者はやはり後者が有効に働くようにもっていくべきだと考える。

 イノベーションの一つがナノテクである。近年,ナノテクで生産技術を革新しようという動きが活発化している。筆者は,ものづくりパートナーフォーラムと同じ週の11月7日,兵庫県が主催する「ものづくりセミナー」のパネルディスカッション「『ものづくり』から見た播磨・三木地域の活性化に向けて」の司会を務めさせていただいた。地域の中小企業同士の連携や産学連携をどううまく進めていったらよいかを話し合ったのだが,イノベーションという意味で興味深かったのは「播磨科学公園都市」内に設立されたシンクロトロン放射光設備である。世界最高の放射光を発生できる「Spring-8」Tech-On!の関連記事が有名だが,ナノテクという面ではそれとは別に設置された中型放射光施設「ニュースバル」が面白い(Tech-On!の関連記事)。

 ニュースバルを使って,微細な金型を作る研究が進められている。MEMSの分野などでも知られている「LIGAプロセス」という手法で作る。具体的には,シンクロトロンから取り出したX線をマスクを通して樹脂(アクリル樹脂など)に当てて,型をまず作製する。その型にニッケルなどの金属をメッキ(電鋳)すると微細な金型ができるという原理である。シンクロトロンから出るX線は平行ビームなので,微細なパターニングが可能になるという。こうして作った微細金型を使って,樹脂を成形し,液晶ディスプレイ向けに導光板とプリズムシートを一体化したライティングパネルを開発している。このセミナーで兵庫県の担当者は「中小企業の方にも播磨地区に進出していただいて,ぜひニュースバルを使って新しいものづくりの分野を開拓してほしい」と話していた。

「日本的ものづくり」と「ナノテク」を融合へ

 確かに,前述したような成形・金型メーカーの現状と,ニュースバルなどの最先端技術の間には深い谷がある。しかし,世界的にナノテク研究が進む中で,日本のものづくりを支えてきた中小加工メーカーもその波に乗り遅れてはいけないと思う。パネルディスカッションで筆者は次のようにコメントさせていただいた。

 「日本の中小成型・加工・金型メーカーは,これまで製品メーカーや材料メーカーと一緒にものづくりを高度化し,高い競争力を誇ってきた。一部の製品分野で日本企業の弱体化が懸念される中で,強い分野であり重要な資産でもある。こうしたこれまで蓄積してきた日本の強みとしてのものづくりの手法をベースに,最先端ナノテクノロジー技術を融合する形で,ものづくりをさらに高度化することが日本の製造業の競争力のアップにつながる。ニュースバルがぜひその先進事例になってほしい」。