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偶然の一致か、部下への批判か、世阿弥イラストの謎

谷島 宣之=日経ビズテック・日経ビジネス・日経コンピュータ編集委員
2005/11/11 14:45
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 「イラスト、描いておきました」

 本欄のイラストレーターである仲森からこう言われた。本来は、筆者が原稿を書き、その原稿を読んで仲森がイラストを描く。だが、筆者の原稿がなかなか出来上がらないので、仲森は待ちきれず、絵を先に描いてしまった。したがって、今回は絵に合わせて文を書く。

イラスト◎仲森智博
 イラストは二点あったが、掲載したのは「上手は下手の手本、下手は上手の手本也」のほうである。お恥ずかしいことに、筆者はこの言葉を知らなかった。仲森は絵を渡すと、さっさと消えてしまったので、自分で調べるしかない。

 インターネットの検索エンジンを使って調べたところ、この言葉は、能楽の世阿弥が著した『風姿花伝』に出てくることが分かった。意味はお分かりと思う。上手な役者は下手な役者の手本である。さらに、下手な役者であっても、長所があれば、上手はその長所を手本とすべきである、ということだ。

 能以外でも、この言葉は当てはまる。ベテランといえども、若手の技術者から学ぶときもあるだろう。筆者は技術者ではなく記者なので、自分自身のことを考えてみた。

 5年ほど前だったか、日経コンピュータという雑誌の副編集長をしていたとき、中堅記者と次のようなやりとりをした。

 「谷島さん、IBMがサーバーのOS(基本ソフト)をLinuxに統一する、という情報があるのですが聞いています?」
 「うーん、知らない。サーバーって全部?」
 「ええ、メインフレーム(大型コンピューター)もAS/400(中型コンピューター)にも搭載するらしいですよ」
 「OSの統一は大昔からIBMの悲願であったけれど、ちょっと考えにくいなあ。メインフレームの上でLinuxを動かしたって、誰が使うの?」

 それからほどなくして、IBMはLinuxにコミットしていくことを正式発表した。つまり記者のほうが正しかったわけだ。記者の仕事はスポーツと似たところがあり、体を毎日動かして取材し、原稿を毎日書いていないと、力がすぐ落ちてしまう。当時、筆者は副編集長の仕事を続けており、社内にいることが多く、それ以前に比べ取材の量がかなり減っていた。さらに昔、3年間ほどIBMの取材だけをしていたこともあり、「IBMのことなら自分が一番分かっている」という慢心もあった。

 世阿弥は、風姿花伝の中で、慢心を諫めている。「稽古は強かれ、情識は無かれ」という言葉があるそうだ。どんなに上手になっても、稽古はしなければならないし、慢心してはいけない、という。

 ここからが本題である。「情識は無かれ」に出てくる情識の意味は、慢心、頑な心、争う心、自分勝手、凡夫の持つ迷いの心、強情、頑固などである。自惚れが強く、強情でいつも争ってばかりいる人を指すわけで、けっしてよい言葉ではない。

 ところが筆者は数年前から、「情識」を自分自身のブランドとして使ってきた。筆者の書いた原稿を集めたWebページの名称は「情識」である。日経ビジネスEXPRESSというWebサイトの連載題名は「経営の情識」となっている。また一時期、日経コンピュータ誌において、「情識・常識」という連載も持っていた。経営の情識はnikkeibp.jpで、日経コンピュータの連載は、Webの「情識」で、それぞれ読めるようにしてあるので関心のある方はご覧いただきたい。

 筆者は、情識をまったく違った意味で使っている。サイトで公開している定義を以下に再掲する。

「情識」は,経営者や社会人が知っておくべき,情報化の基本知識のことである。ここで情報化とは,「社会・企業などを情報技術を使って顧客中心型に改革し続けること」を指す。すなわち,社会や企業の抱えている問題の構造を整理し,分析する。問題を解決するための新しいビジネス・モデルとそれを支える業務プロセス,各プロセスで必要となる情報,をそれぞれ定義する。その情報を提供するシステムを構築・運用・保守する。新しいプロセス通りに仕事をし,問題を解決する。こうした一連の改革を成功させるための勘所が「情識」である。したがって情識とは,コンピュータ技術の知識ではない。情識は以上のような意味をこめた造語である。ただし,読者の指摘で分かったが,この言葉は昔からあった。広辞苑によると,情識とは「強情 頑固」という意味である。

 なんとも、本来の情識を感じさせる文章である。やはり、造語を使うのはよろしくなかったかもしれない。ただし、筆者の活動を象徴する言葉として「情識」を考えてくれたのは、大変お世話になっている取材先の方である。数年間使ったため愛着もあり、今後もこの言葉を造語の意味で使い続けようと思っている。

 ところで、イラストレーターの仲森はなぜ世阿弥の言葉を絵にしたのだろうか。イラストレーターの仲森は筆者と対等だが、彼は日経ビズテックの編集長でもある。編集長の肩書きのとき、彼は筆者の上司にあたり、人事権を持っている。ひょっとすると「情識という妙なサイトの仕事をするのは止めよ。本業であるビズテックに専念せよ」というメッセージだったのではないか。イラストをもらってから、仲森と会っていないので、真意は確認できない。

 ここまで書いて思い出したが、IBMの情報をとってきた記者と、仲森は同窓である。二人とも、強烈な人材を輩出することで知られる、広島修道高校を出ている。これも何か意味があるのだろうか。少し前に出した日経ビズテック第9号の特集「広島発祥企業の研究」を読んで以来、筆者は広島県人に敬意と恐れを抱いている。

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