一度は完全に国内生産から撤退した機械式腕時計―。セイコーインスツルは,その機械式腕時計の生産を1990年代に入って再開し,2004年には専用の高級工房まで開設した。
文字入力に特化した携帯機器「ポメラ」。2008年11月に最初の機種「DM10」が発売された。DM10の特徴は,本体が文庫本サイズと小型ながらキー・ピッチが約17mmと広い折り畳み式キーボードを備える点である。
業務用体感ゲーム機「機動戦士ガンダム 戦場の絆」は,2006年11月の本格的な稼働から約3年経過しても高い人気を保ち続ける異例の製品だ。この製品がいかにして生まれたか。その開発経緯を紐解く。話は約10年前までさかのぼる。
「W-ZERO3」は,ウィルコムがシャープ,米Microsoft Corp.と共同で開発した携帯型情報機器(PDA)である。ウィルコムとネットインデックスが開発した「WSIM(ウィルコム・シム)」と呼ぶPHS通信モジュールを使って,音声電話とデータ通信の機能を提供する。
CMOSがLSIの基盤技術であることを今は誰も疑わない。現在量産されているLSIの大半はCMOS技術を用いている。CMOSは今後も当面主流であり続ける可能性が高い。
昨年春,名野隆夫は三洋半導体を定年退職した。名野はさまざまな顔を持っていた。社内ではちょっとした有名人だった。「アナログ大学院」と呼ばれる研修制度を主催し,100人を超えるアナログ技術者を育成した。
PS3で地デジの視聴・録画を可能にする「torne」がヒットを飛ばしている。 このヒット作はいかにして生まれたのか。きっかけは,2008年4月に開かれた,ある会議だった。
2008年1月,「International CES」の会場で聴衆をあっと驚かせる発表があった。松下電器産業が米Google Inc.と提携し,「YouTube」の映像を直接表示できるテレビを公開したのだ。
三洋電機は,米からパンができるホームベーカリー「GOPAN」を2010年11月11日に発売した。 発売1カ月を待たずに2011年3月までの販売計画を超える予約が殺到するなど,大人気を博している。
15年前にゼロから出発し,2007年度に2140億円を売り上げるまでに成長した三洋電機のデジタル・カメラ事業。OEM品が全体の90%を占める中,自社ブランドを牽引する役割を担ってきたのが,「Xacti」である。
IT 隆盛の裏で影を潜める,かつての家電王者「洗濯機」。その洗濯機にも熾烈しれつなシェア争いは健在だ。成熟商品であるからこそ,独自性を出し,シェアを拡大することに格別の難しさがある。
個人向けインクジェット・プリンタ市場で,トップ・シェアの座に君臨するセイコーエプソン。その橋頭堡的な役割を果たしたのが,1996 年末に発売して大ヒットしたプリンタ「ColorioPM-700C」である。
1強5弱――。冷蔵庫業界の勢力分布は,国内シェアに基づいてこう呼ばれていた。20%以上のシェアを持つ王者の松下電器産業を頂点に,残る主要5メーカーが15%程度のシェアで横並びに続いたからだ。
ありとあらゆるモノを識別するのに使える無線タグIC。 その先駆けとなった「ミューチップ」を開発したのは日立製作所の中央研究所に勤めるベテラン技術者、宇佐美光雄氏である。
三洋電機が1995年に発売した角型Liイオン2次電池。このヒットをテコに三洋電機はLiイオン2次電池市場でシェアをじわじわ高め,いまやトップを争うまでになった。
2005年11月13日の夜。自宅にいた齋藤浩明は,電子メールに添付された写真を見て喜びの声を上げた。白黒の画像に映っているのは,数本の白い電力計装線が走る,太陽電池パネルだった。
富士写真フイルムが大ヒットさせたディジタル・スチル・カメラ「FinePix 700」の開発物語。民生用のディジカメとして初めて150万画素のCCDを搭載した。
電子乗車券や電子マネーに使う非接触ICカードは,今や日常生活に欠かせない。これらのカードに埋め込んであるのが,ソニーの技術「FeliCa」に対応したICチップである。
携帯電話機にカメラを内蔵するというトレンドを作ったのが,2000年10月発売のシャープ製端末「J-SH04」である。今ではほとんどの携帯電話機にカメラが付いている。
トヨタ自動車が2003年9月に発売した2代目「プリウス」の装備として話題を呼んだのが,車庫入れや縦列駐車を支援する「インテリジェントパーキングアシスト」(IPA)だ。
徳島県の日亜化学工業は,地元ではちょっと名の知れた会社だ。3週間もの長い夏休みを実施していたためだ。その同社が青色発光ダイオードを開発したことに世界は驚愕した。