組み込み業界では慢性的な人手不足の状態が続く中で、優秀な技術者を育成するためのキャリアパスの構築が注目されている。半導体メーカーで組み込み用のリアルタイムOS(RTOS)を開発していた藤本昌平氏は、社内でのキャリアパスに限界を感じて転職という新たな道に踏み出した。藤本氏にキャリアパスに対する考えや、転職の理由などを聞いた。

パソナテック 東日本エンジニアリンググループ エンジニアリング事業部 技術担当リーダーの藤本昌平氏
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パソナテック 東日本エンジニアリンググループ エンジニアリング事業部 技術担当リーダーの藤本昌平氏

――キャリアパスの限界をどう感じていたのですか?

 私は、半導体メーカーで組み込み用RTOSの開発に10年ぐらい関わっていました。当初は携帯電話向けが中心でしたが、転職の直前は自動車向けの開発がメインでした。半導体メーカーなので「デバイスが売れればいい」という雰囲気が強く、ソフトウエアの技術者としては少し肩身の狭さを感じていました。組み込みシステムではハードウエアを修正すると莫大な費用が必要になるので、どうしてもソフトウエアにしわ寄せが来ることが多い。それなのに、ソフトウエア開発者は成果がプラスに評価されることが少ないと感じます。マイナスをゼロに戻す仕事が多いので、評価されにくい印象です。

 私が在籍していた職場もそうだったのですが、組み込み系のソフトウエア開発者は全体的に特定の分野に特化してしまっている場合が多いと感じます。例えばWindowsのアプリケーションなどの場合、Aというアプリを開発した人がBというアプリの開発に移行するのはそれほど難しくありません。組み込み系の開発者はそうはいかない。前の職場が特にそうだったのかもしれませんが、RTOSの開発経験者が他の分野にも手を伸ばすのは許されない雰囲気でした。RTOSの開発リソースが余ったからといって「アプリもやらせてみよう」という流れにはならなかったのです。

開発工数のほとんどが評価作業

――自動車業界は盛り上がっているように思えるのですが、やりがいは感じにくかったのですか?

 確かに組み込み業界では、自動車関連の仕事が増えてます。しかしプログラムのコードをどんどん書くよりも、品質関連の仕事が多くなっているのです。例えば(自動車の機能安全規格である)ISO 26262に準拠させるため、エビデンス(品質記録)を取れるように仕様書を書くといった仕事です。とにかくエビデンスをそろえる業務が仕事の大多数を占めています。

 RTOSはソフトウエアの規模としてはそれほど大きくないので、プログラムのコードを書くのにそれほど長い期間は要しません。しかし、自動車に搭載するための品質を確保するには、100%のコードカバレッジ(評価テストの網羅率)が当たり前になります。ですから開発のほとんどの工数が評価です。例えばコードを書く期間が1~2カ月だとすると、後の1~2年間でひたすら評価を行うといった感じです。

 しかも近年は、大学などが開発した(Linuxベースなどの)オープンソースのRTOSをカスタマイズして使うケースが増えています。かつて組み込みソフトウエア業界では、各社が自前で開発したRTOSを使うのが一般的でした。自社で仕様を策定したり、各分野の標準規格の仕様に基づくなどして開発していたのです。私が在籍していた会社もそうでした。

 組み込み向けのOSというのは(ハードウエアの)デバイスとセットで売ることを前提にしているので、1ライセンスが1円未満とパソコン向けのOSなどに比べて非常に値段が安い。しかし、その開発には相当なコストがかかります。ですから、大学などが開発して無償で公開しているOSを皆が使うようになったのです。もちろん業界の流れとして仕方がないことなのですが、個人的にはいち技術者として仕事の面白みが少なくなってしまいました。ありもののOSをカスタマイズするだけなので、仕事がルーチンワーク化してきたのです。