HPC(High Performance Computing)の世界で異変が起きている。従来の常識に縛られないアーキテクチャで、性能を引き上げる動きが顕在化してきた。迫り来る半導体微細化の終焉と、人工知能に代表される超高性能を求める用途の台頭が、新方式の登場を求めているのだ。あらゆるコンピューターに影響を及ぼす開発競争が始まる。
2016年6月20日。世界一高性能なスーパーコンピューター(スパコン)を決めるランキング「TOP500」の最新結果が世界を驚かせた。中国National Supercomputing Centerin Wuxiの「Sunway TaihuLight」が、LINPACKベンチマーク†で93P(Peta)FLOPSを達成して1位に輝いたのである(図1)。過去3年間首位を保ち今回は2位だった「Tianhe-2(天河2号)」の約3倍、5位に入った理化学研究所の「京」の約9倍に相当する段違いの数字だ。関係者が目を見張ったもう1つの成果は消費電力の低さ。Tianhe-2を下回る15.37MWで、消費電力当たりの性能を競うランキング「Green500」でも3位に食い込んだ。 特筆すべきは、これらの値を中国で設計・製造したマイクロプロセッサーで達成したことだ。中国製プロセッサーを用いたスパコンが首位になるのは史上初。しかも、実用的なソフトウエアをいくつも実装している注1)。いわば中国の「純国産」スパコンが世界を制したわけである。
注1)National Supercomputing Centerin Wuxiは、優れたHPC用アプリケーションに贈られるゴードン・ベル賞(2016年11月発表予定)に5件を応募、3件が最終候補に残った。3件のうち2つのアプリケーションは、いずれも継続的に30P~40PFLOPSの性能を実現したという。なお、LINPACKベンチマーク結果を理論上のピーク性能と比較した効率が74%と高いことも関係者の注目を集めた。
中国の勢いは今後も続きそうだ。ここ数年のスパコン業界の共通目標は演算性能1E(Exa)FLOPSの実現だった。このゴールにいち早く到達するのは、中国製のスパコンになる可能性が高い。中国国営の新華社通信によれば、中国National University of Defense Technology(NUDT)は1EFLOPSの性能を備える「Tianhe-3」の運用を2020年までに始めると、2016年6月に表明した注2)。一方で日本や米国の計画は遅れ気味だ。同じく2020年に運用開始予定の理化学研究所の次世代機「ポスト『京』」は1EFLOPSという値を明言していない注3)。米国政府が進める「Exascale Computing Project(ECP)」では、「エクサスケール」のスパコンの量産時期を2023~2025年としている。
注2)既存の「Tianhe-2」は米Intel社製のプロセッサーを使っているが、米国政府による禁輸措置で今後はIntel社からチップの供給を受けられなくなっており、Tianhe-3では独自プロセッサーを使うと見られる。
注3)理化学研究所は、京と比較したポスト京の性能の目標を「capacitycomputingで最大100倍、capabilitycomputingで最大50倍」とする。前者は、現状のスパコンでも1つ1つは解くことができるが、大量のケース数が必要な問題を扱う「多重ケース処理型計算」、後者は現状では解けない大規模な単一問題を扱う「大規模単一問題型計算」という。なお、京のLINPACK性能は10.5PFLOPS。