これまで、企業の本質、ビジネスの本質に準じて、ソニーの中期経営方針のどこが基本的に問題かを述べた。今回は、「価値」と「全体最適」を深掘りする。

 まず、「価値」から。前回(2016年4月号)で述べたように、エコノミストやコンサルタントなどの経済・ビジネスの専門家とされる人たちの多くは、「企業価値」を投資家という特定のステークホルダーにとっての価値と考えている。

 しかし、企業は、顧客や従業員、サプライヤー、投資家などのステークホルダー全てにとっての価値を生む存在である。専門家は、価値のことを分かっていないのだ。

 価値の一種である商品価値とは、その対価を支払う顧客が商品を使用する中で、商品についての認識を持つことではじめて生じる*1。ならば、商品価値は、商品そのものというより顧客の精神の中にあると考えられる。だからこそ、企業のブランドイメージが変われば、商品が変わらなくても商品価値は変わる。

*1 ここでは話を単純化するために顧客価値=商品価値とする。

 ところが、世の中では、ただ「なんとなく」商品価値は商品にあると考えられている。「なんとなく」であるが故に、改めて商品価値がどこにあるかと問われれば、専門家を含めて、ほとんどの人が答えに詰まる。世の中も、価値のことを分かっていないのである。

「分かっていない」経営者の下でも

 では、ソニーはどうなのか。世の中が「なんとなく」商品価値と考える「顧客の精神の中に商品価値を発生させる何か」も商品価値に含めて考えよう。その上で、顧客の精神の中に生ずるものを「使用価値」、それを発生させる商品にある何かを「機能価値」と呼ぶ。

 それを踏まえて、ソニーの歴史的ヒット商品であるウォークマンの登場について考察してみる。この製品は、オーディオ機器から録音機能を削って再生機能だけを残すことで大幅に小型軽量化した。すなわちオーディオ機器としての機能価値を減少させることで、音楽を楽しむ機会をユビキタスなものにした=使用価値を激増させた商品、といえる。

 このことは、ソニーが顧客の精神の中に発生する使用価値を商品価値と考えていたことを雄弁に示す*2

*2 創始者である盛田昭夫氏が、常々「『価値観』を売れ」と語っていたこともそういえる。 ウォークマンだけではなく、ソニーの大ヒット商品全てがそうといえる。筆者が同社に在籍していた1982~1995年だけでも、CDプレーヤーや8ミリビデオ、ハンディカムなどの世界的なヒット商品を出していた。

 つまりソニーは、「なんとなく」商品価値は商品にあると考える経済・ビジネスの専門家よりも、はるかに価値の本質に迫れていたのである。それなのに、昨今のソニーの経営者は、経済の専門家並みに価値の本質から遠ざかっている。中期経営方針発表の場で、社長の平井一夫氏も企業価値=投資家にとっての価値とする考えに準じる発言をしていた。

 ただし、現場はまだ違うかもしれない。ここ数年のソニーの新商品群を見ると、全体としてはそのことを感じさせるものがある。「分かっていない」経営者の下では厳しいだろうが、ソニーの現場には一段と使用価値重視の商品を開発してほしい。