──可視化された救急医療のデータを基に、佐賀県にドクターヘリが導入されるなど次なる事業につながりました。現在円城寺さんが描かれている救急医療の形とはどのようなものですか。

 実は、救急車で運ばれる人の数は年々増加しています。厄介なのは独居の高齢者が増えていることです。同居している家族がいれば既往歴や薬歴を説明してもらえますが、独居の方の場合は情報を得ることが難しいのです。胸が苦しい原因が呼吸器なのか心臓なのかもわかりません。これは搬送する際に困った事態を招きます。

 例えば、県内でこんな事例がありました。90歳代の女性が8つの病院に「専門外」という理由で受け入れを断られました。搬送理由は、トイレでの一般負傷。受け入れた大学病院にどんな処置をしたのか聞くと、擦りむいただけだったので消毒を施して入院させずに自宅に帰したというのです。

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 消毒ならどこでもできるのに…と受け入れを断った8つの医療機関に理由を尋ねに行きました。すると、「胸に別の疾患を起こしている可能性があったので専門外のため受け入れができなかった」ことがわかったのです。病院側がこう判断したのには理由があります。一つは、トイレで転倒した理由は、急に胸が苦しくなったためだと女性が訴えたこと。もう一つは、彼女は独居で家族に既往歴や投薬情報などを聞くことができなかったことです。つまり、救急患者に関する医療的な情報がほとんどない状態です。事情がわかると、こうした事態は病院の責任とは言えないと思いました。

 状況は刻一刻と変化しています。昭和時代は救急患者のほとんどは事故による外傷で搬送されていましたが、現在は救急患者のほとんどが疾病で運ばれています。外傷の場合、目で見ればどこから血がでているのかがわかりますが、疾病の場合は一目ではわからないことが多いです。つまり今の日本の救急医療は難しい状況になってきているのです。

 災害時にも同じことが起こりました。東日本大震災発生時に現地に支援に行ったところ、医療情報がないため、医師は対処療法を行うほかないという光景を目の当たりにしました。痛め止めを出すしかなく、根治することができなかったのです。次に救急医療で解決しなくてはいけないのは、こういう部分でしょう。

 ただ、考え方を変えればこれはチャンスにも成り得ます。外傷を予測することはできませんが、病気はおそらく予測できるからです。大きな病気をする前は、体に何らかの不調が生じます。例えば、ウエアラブルデバイスと医療ビッグデータを併用するなどして、24時間以内に「脳梗塞が起こる」というアラートがスマートフォンに出るようになれば、倒れる前に病院に行って処置を受けることができます。

 究極な未来を描くならば、疾病による救急患者を世の中からなくしたいと思っているのです。倒れてから対処するのではなく、倒れる前にアラートを鳴らして早期の処置を実現する。そうすれば、事故や怪我以外で救急車に乗る必要はなくなります。目指したいのはそういう世の中です。