──一番苦労されたのはどのような点ですか。

 「タブレット端末を導入するよりもドクターヘリを導入したり医師の数を増やしたりしてほしい」という現場の声に答えることです。どういう成果や効果があるのかわからないのに、大きな“たらい回し”の事件や事故も起きていない佐賀県がなぜ先陣を切ってやらなきゃいけないのかと反対の声が上がったのです。でも現場の人たちの意見はもっともだと思いました。

 しかし、ドクターヘリの導入や医師の数を増やすためにも可視化が必要だと思ったのです。「医師が不足しています」と言われても、どこに何が足りないのかわかりません。行政としては、声の大きさで判断するのではなくデータに基づいて医師を増やすべきか検討する必要がありました。

 可視化することは一見遠回りですが、ここから手をつけないと先に進めないと思ったのです。県と消防と医療関係者が同じ目線で課題を共有できるようになってさえいれば、今後の展開につながると確証を持っていました。反対していた相手のところへ足繁く通い、自分の考えを伝えました。

──救急車にタブレット端末を配備したことでどのような効果が見られましたか。

 もちろん搬送時間の短縮は実現できたのですが、なにより救急隊員と医療関係者間のコミュニケーションが変わりました。地域内の救急患者の数と各病院の受け入れ人数を可視化し、消防と救急医療機関、行政が同じ画面を供覧できるようにしました。すると、これまで見えなかった各機関の状況がわかるようになったのです。

 タブレット端末を導入する前は、どうしても高次の医療機関へ要請が集中する傾向にありました。しかし、これでは本当に高次の救急医療が必要な人にサービスが行き届かない恐れもありました。受け入れ状況を可視化できたおかげで、救急患者の症状や受け入れ状況に応じて救急隊員が病院を選ぶことができるようになったのです。

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 どうしても受け入れ過多の病院にお願いする場合も、「先ほど受け入れていただいたばかりですが、そちらの病院にしかお願いできないので受け入れていただけないでしょうか」というお願いの仕方ができるようになりました。細かいようですが、お互いの事情を可視化したおかげで、救急隊員と医療関係者間のコミュニケーションが円滑にとれるようになりました。

 これはタブレット端末の効用ではなく、むしろ情報を可視化したことがみんなの意識を変えたのだと感じています。搬送時間が短くなったのも、そのおかげではないでしょうか。

 使うツールはデジタルなものですが、変えることができたのは、意識や関係性というアナログな部分。導入前に救急隊員の方から、「現場の人間はアナログで、顔と顔の見える関係で仕事をするのが我々の文化なんだ」と言われたことがあります。タブレット端末で実現したのは、まさに顔と顔が見える関係を作ることだったのではないでしょうか。