裏を見ないでくださいと言われたら思わずめくりたくなる。駐輪場に白い線が引いてあれば、自転車を線に沿って停めたくなる――。

 人の行動変容を促すこうした工夫を研究する学問が、大阪大学大学院 経済学研究科 教授の松村真宏氏が提唱する「仕掛学」である。この仕掛学は、行動変容がカギとなるヘルスケアにも活用できる可能性を秘めている(関連記事)。同氏に話を聞いた。

大阪大学大学院 経済学研究科 教授の松村真宏氏(写真:今紀之、以下同)
大阪大学大学院 経済学研究科 教授の松村真宏氏(写真:今紀之、以下同)
[画像のクリックで拡大表示]

(聞き手は伊藤瑳恵=日経デジタルヘルス)

――まず、仕掛学とは何かについて教えてください。

 仕掛学は、簡単に言えば「つい〇〇したくなる」ようにすることです。選択肢を増やすことともいえます。まだ確立したとは言い難い学問ですが、僕が提唱し始めた学問分野であり研究対象です。

 具体的には、(1)公平性、(2)誘引性、(3)目的の二重性、を持つものと定義しています。駐輪場に線を引くと、自転車を線に沿って停めたくなる。これは、「自転車を停める」というデフォルトの行動に、「線に沿わせる」という選択肢を増やしたことになります。

線に沿って停められている自転車(写真提供:松村真宏氏)
線に沿って停められている自転車(写真提供:松村真宏氏)
[画像のクリックで拡大表示]

 線が引いてあるからといってそのように停めてくださいと強制するわけではありません。どう並べても良いのです。それでも多くの人は誘引されて、線に沿って停めたくなります。すると、結果的にコンパクトに駐輪することができ、二重の目的を達成できることになります。

 タイマー付きのコーヒーメーカーやホームベーカリーも僕にとっては仕掛けになります。第1の目的は、起床時間に合わせてタイマーを設定するとコーヒーやパンを楽しめるということです。もう一つの目的は、コーヒーやパンの香りが目覚ましの役割を果たしてくれること。良い香りに誘われて起床することができます。目覚ましの機能を意図して開発されたわけではないでしょうが、こうした思いもよらない効果も仕掛けと定義しています。

 仕掛けにおいて重視しているのは、公平性です。誰かが不利益を被るようなものは仕掛けではありません。分かりやすく言えば、後ろめたい気持ちがあってネタバレができないものは悪い仕掛けです。

 例えば、定価1万円の商品が5000円に割引されていたら、お得感から購買意欲をそそられます。しかし本当は定価も5000円であれば、嘘なので悪い仕掛けとなります。良い仕掛けならば、ネタバレしても全然構いません。むしろネタバレすることで、より魅力的になるものです。