本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第85巻、第7号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)。『応用物理』の最新号はこちら(各号の概要は会員登録なしで閲覧いただけます)。

超高圧高温下での温度差法による単結晶ダイヤモンドの合成において、溶媒組成および窒素ゲッタや添加物の選定と最適化、高品質種結晶の適用、合成温度条件の厳格な制御などの技術開発により、直径12mm(約10カラット)の大型で高品質な高純度(IIa型)単結晶ダイヤモンドが合成可能となった。このダイヤモンドは、天然や従来の合成のダイヤモンドをはるかに超える高い結晶性を有する。極めて高純度であるうえに、内部歪(ひず)みや結晶欠陥が非常に少ない。特に{100}セクタ内には転位欠陥や積層欠陥もほとんど見られない。この高い結晶性を生かして、分光結晶や光学素子に活用されている。将来的には電子デバイスや量子デバイスなどのエレクトロニクス分野への展開も期待できる。

 ダイヤモンドは機械的特性が卓越しているだけでなく、熱伝導性、光学特性、化学的安定性にも優れているため、切削工具や耐摩工具のほか、放熱材や光学部品などの工業用途に幅広く活用されている。さらに、純粋な単結晶ダイヤモンドはバンドギャップが広く、誘電率が小さい、絶縁破壊電界が高いなど、電気的特性も際立っており、各種高感度センサや光・電子デバイス、量子デバイスなどへの新展開も研究レベルで盛んに検討されている。しかし、このような新展開を実現するには、不純物と構造欠陥をほとんど含まないような非常に高い結晶性の単結晶ダイヤモンドが必要で、多くの結晶欠陥や内部歪(ひず)みのある天然のダイヤモンドは適用できない。

 一方、天然ダイヤモンドが生成する地球内部の超高圧高温条件を再現して人工的にダイヤモンドを合成することができる。熱力学的に安定な状態で、一定の条件下で結晶成長ができ、不純物や結晶欠陥も人為的に制御することができる。その制御精度を極めれば、純粋で欠陥のほとんどない単結晶ダイヤモンドも合成可能であろう。さらには異元素をドープしたり、意図的に構造欠陥を導入して新機能をもたせることも可能と考えられ、上記で述べた新展開も期待できる。

 我々は1980年代に、図1(a)に示すような、Ib型と呼ばれる黄色の高圧合成単結晶ダイヤモンドの実用化に成功し、主に切削工具や耐摩工具として工業生産を開始した。黄色く見えるのは100ppm前後含まれる窒素不純物(孤立置換型)による。

図1 高圧合成単結晶ダイヤモンド。
図1 高圧合成単結晶ダイヤモンド。
(a)工具用に量産されているIb型単結晶(~5mm)、(b)大型のIb型とIIa型の合成単結晶(最大~12mm)。
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 この不純物は工具用途に必要とされている機械特性には大きな影響を与えないが、光吸収や結晶格子の歪みの原因となり、透光性を必要とする光学部品や、高い結晶性が要求される分光結晶や光学素子には好ましくなく、より高い結晶性が必要とされる電子デバイスなどの新用途には適応できない。窒素不純物を除去することは古くから試みられていたが、良質な高純度結晶を工業生産することは極めて困難で、実用化は不可能であると考えられていた。

 これに対し我々は、窒素不純物をppbレベルで制御すると同時に内包物を抑制する画期的な技術を開発し、良質で高純度な単結晶ダイヤモンド(IIa型)の安定合成に成功し1)、光学部品として製品化した。さらに種結晶の高品質化による転位欠陥の制御により、天然ダイヤモンドや従来の合成ダイヤモンドをはるかに超える高い品質の結晶合成も可能にした2)。当初は原石の大きさは5mm程度(1カラット†1前後)であったが、超圧力下での合成条件制御技術の高精度化により、最近では図1(b)に示すような直径が最大12mm(8~10カラット)の大型の高品質IIa型単結晶も合成できている3~5)

†1カラット ダイヤモンドの質量を表す実用単位。1カラットは、200mgに相当する。

 この合成ダイヤモンドの結晶性は極めて高く、特に{100}セクタ†2はほとんど不純物を含まず無欠陥である6、7)。この高品質ダイヤモンドは、高輝度X線の分光結晶や光学素子だけでなく、前述のエレクトロニクス分野への新展開を実現できる可能性を秘めている。本稿では、この高品質IIa型単結晶ダイヤモンドの合成技術とその特徴について紹介する。

†2(成長)セクタ 結晶の中で、結晶成長中に出現した(100)面、(111)面などの結晶面に支配された分域。