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HOMEエレクトロニクス世界初のCPU「4004」開発回顧録 > インテルと交渉開始するも、2カ月で暗礁に

世界初のCPU「4004」開発回顧録

インテルと交渉開始するも、2カ月で暗礁に

最後まで手の内を明かさなかったインテル――「4004」開発回顧録(4)

  • 嶋 正利=ITpro Watcher
  • 2017/12/07 05:00
  • 1/3ページ

 1969年6月、私は共同開発のために渡米した。その頃のインテルは、創立1年後で、従業員が125人に満たない規模だった(図1)。建物は2,000平方メートルほどの貧弱な印象を与える中古の貸しビルで、製造装置もリースしていた。LSIの製造能力は1シフト(1日の最大シフト数は3)につき月産9万個であった。しかし、5人の博士と15人の技術者を擁してDRAMとPROM(Programmable ROM)の開発に邁進していた。

 会社のオフィスは明るく、エアコンが完備しており、大きな机や乾式複写機が用意されていた。カフェテリアには食べ物の自動販売機やコーヒーメーカーもあった。私は、近代的で豪華な独身者用アパートを見つけてもらい、予想をはるかに超えた快適な開発環境が提供された。インテルとの交渉開始が楽しみとなった(関連記事)。

図1●カリフォルニアのマウンテンビュー市にあった1969年頃のインテル本社
[画像のクリックで拡大表示]

 インテルでは、コンピュータとソフトウエアと論理に詳しいホフ博士(M.E.Hoff、図2)が担当者になった。ホフは、コンピュータ・サイエンスの出身で、インテルではアプリケーション・マネジャーを務めていた。しかし、LSI設計技術者ではなかった。

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