ザハ・ハディド案の設計について「3000億円という建設コストの試算は、無理もないと思う」と話す西川孝夫・首都大学東京名誉教授(写真:日経アーキテクチュア)
ザハ・ハディド案の設計について「3000億円という建設コストの試算は、無理もないと思う」と話す西川孝夫・首都大学東京名誉教授(写真:日経アーキテクチュア)
[画像のクリックで拡大表示]

巨大すぎる、神宮外苑での施工に無理がある、工期が短すぎる――。構造評定の審査などに関わる西川孝夫・首都大学東京名誉教授は、この3点が新国立競技場旧整備計画の課題だったと推察する。建築では前例がない大規模のキールアーチを採用したザハ・ハディド案は、「3000億円という建設コストの試算も無理はなかった」とみる。設計や与条件を見た範囲では施工方法に課題が多いからだ。その課題とは何か。(インタビューは9月15日に実施)

首都大学東京名誉教授
西川孝夫(にしかわ・たかお)

1945年東京大学工学部建築学科卒業、68年同大学院博士課程中退後、東京都立大学助手に。85年に東京都立大学教授に就任。2005年首都大学東京教授(校名変更による)。06年同大学名誉教授。06年~14年日本免震構造協会会長

――ザハ・ハディド・アーキテクツによる新国立競技場の設計を見たとき、構造の専門家としてどのような印象を持ったか。

西川孝夫氏(以下、西川):「あれほど巨大なキールアーチを実現できるのか」というのが率直な印象だった。どのように施工するのか。施工方法や工期をイメージできなかった。

――巨大な点が問題だった。

西川:大きく分けて3つの問題点を感じた。巨大すぎる点、神宮外苑という場所での施工に無理がある点、そして工期が短すぎる点だ。

 恐らく構造計算上は問題ない設計ができたのではないか。キールアーチ自体は建築でも用いられた前例はある。しかし、あれほどロングスパンのキールアーチを建築で採用した前例はない。全長は350m以上、断面も70m2 とか80m2とかいった規模だろう。だから想像できない懸念材料がたくさんある。

 例えばキールアーチ下部の梁、いわゆる「タイバー」だ。アーチ構造は一般に、両端が足元で広がろうとする。これを抑えるためにアーチの下部両端を引っ張る梁が必要だ。ところがこの梁がコンクリート製で異例の大きさだった。恐らく1本の断面は5〜8m角になったのではないか。全長350m以上で5〜8m角の断面の梁となると、プレストレストを導入しなければ十分な剛性を確保できない。梁内のPC鋼材の数も、推測だが控えめにみて5列、5段で25本程度は必要ではなかったか。

 梁の中のPC鋼材はアーチ両端部で固定する。仮にPC鋼材が25本だったとすると、その両端の合計50カ所を固定することになる。しっかり固定しているところと、固定の甘いところとにばらつきがあると、コンクリートの梁にどのような現象が発生するか分からない。コンクリートの梁のなかで力がどのように流れるかが見えない。コンクリートに亀裂が生じることさえ懸念された。

 これはあくまで一例だ。あれだけ巨大な構造だと、施工中の設計変更が何度もあることは折り込み済みだったろう。施工中に判明したことに対しては、設計変更で対応するしかなかったはずだ。これが巨大すぎることの問題点だ。

――神宮外苑という場所の問題点とは何か。

西川:施工スペースの不足だ。キールアーチに限らずあらゆる部材が巨大だ。どのような手順で施工するのか、部材などの搬出入をどうするかという問題がある。例えば、キールアーチについては分割した材を現場で接合するしかない。しかし、どこから搬入するのか。海や川に近ければ船舶を利用する手はある。しかし神宮外苑は海にも川にも面していない。道路付けも決して良くはない。巨大なトラックをどこから入れて、どこから出すのかも分からない。

 あれだけ巨大な建築物の敷地が神宮外苑でよかったのか。施工面から考えると無謀に思えた。「場所が足りない、時間が足りない」という施工者の声が聞こえてくるようだ。