本連載では、米国マサチューセッツ州ボストンに4000名もの関係者が集結して開催された、世界最大のスポーツアナリティクス(解析)関連のカンファレンス「MIT Sloan Sports Analytics Conference」(MIT SSAC、2016年3月11日~12日開催)を通じて、米国スポーツ産業の最前線をさまざまな角度から見てきた。最終回となる今回は、ユーフォリアの橋口寛氏にスポーツ界におけるアナリティクス活用の今後の課題について総括してもらう。

 SSACの多くのセッションに参加して印象的だったことの一つが、非常に多様なバックグランドを持つ関係者たちが一緒になって議論している様子だ。例えばあるセッションでは、データアナリストとS&C(ストレングス&コンディショニング)担当コーチ、スポーツ医科学の研究者、ベンチャー企業経営者が熱心にディスカッションをしている。また別のセッションでは、チームのヘッドコーチとビジネススクールの教授、大企業のエンジニアが話し込んでいる。

 多様な専門家が同じテーマについてそれぞれの視点から取り組むことを通じて、結果として各人が持つ専門領域の間の厚い壁がなくなり、一つに融合していることを感じた。

 セッションの中でも「アナリストのカバーすべき領域は従来よりどんどん広がってきており、自分のディシプリン(専門領域)の外の人と協働が不可欠になっている」というコメントが聞かれた。

 「マルチディシプリン」と「インターディシプリン」という言葉がある。マルチディシプリンは、複数の異なる専門領域を持つ人たちが同じ場所に集まっている状態を指す。それぞれのバックグラウンドを持ち寄って同じ場に存在してはいるが、一つに溶け合っているわけではない。

 それに対してインターディシプリンは、異なる専門領域を持つ人たちがコラボレーションを重ねて価値観を共有し、共通言語を用いて一つの目的に向かって交流している状態を指す。「知の融合」が起きているような状態だ。SSACの多くのセッションに参加して感じたのは、この「インターディシプリン」である。

 まだまだ黎明(れいめい)期にある日本のスポーツアナリティクスだが、「インターディシプリン」がこれまで以上に求められるようになるだろう。その時には「ここまでが自分の専門領域であり他者の領域には領空侵犯しない」といった日本人にありがちな慎み深さは忘れなければならない。

忙殺されるS&Cコーチ

 SSACのセッションに登壇していたデータアナリストやデータサイエンティストは、既にゲームスタッツの分析だけをしているのではない。彼らの担当領域は広がっており、いかに選手の怪我を予防するか、いかにコンディションを高めるか、いかに選手やコーチにそれを分かりやすく伝えるか、などが重要なテーマになっている。日本においても、守備範囲の広い「スーパーアナリスト」を求める声は高まっていくだろう。

 現状、日本ではコンディション管理の領域で、S&Cコーチやアスレチックトレーナーのうち特定の人物が、表計算ソフトが比較的得意だという理由で(あるいは単に若手であるという理由で)、コンディションデータの分析を一手に担っているケースをよく目にする。取り扱うデータ量は膨大で、表計算ソフトはもともとデータ解析に適したものではないから、自然と大量の手作業に忙殺されることになる。

 毎日“午前様”の作業を繰り返して疲弊しきっている若手のS&Cコーチやアスレチックトレーナーの姿を見かけることは珍しくない。本来の専門性を発揮することなくデータ分析に忙殺されている姿を見ると、本当にもったいないと感じる。

 将来、専門性の高いアナリストがコンディション管理や傷害予防といった領域までをもカバーするようになったら、日本のスポーツ界のコンディショニングのレベルははるかに上がるだろう。

共有と競争

 「今後、スポーツ産業におけるデータのあり方は金融産業のそれに近づいていくのではないか」――。

 今回のSSACのあるセッションの中で、スポーツデータのあり方に関してこんな発言があった。今後ははるかに多くのデータがコモディティー化(汎用品化)し、多くの人が簡単にアクセスできるような状態になっていくという主旨だ。

 各チームが大量のデータを囲い込み、ゲームの動画や分析結果、ノウハウすべてを自チーム内に閉じ込めておく時代は終わろうとしている。

 例えば、世界最高峰のラグビーリーグである「スーパーラグビー」では、試合が行われた翌日にはあらゆるスタッツデータと映像データが分析された上で各チームへと提供されている(この取り組みに賛同していない例外を除く)。2015年に来日したオーストラリアの「ブランビーズ」のアナリストに、そのスタッツデータのサンプルを見せてもらったことがあるが、驚くほど詳細なものだった。

スーパーラグビーのWebサイト。チームごとのゲームスタッツが公開されている。画面は「タックル成功率の順位」
スーパーラグビーのWebサイト。チームごとのゲームスタッツが公開されている。画面は「タックル成功率の順位」
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