本コラムは、数々のイノベーションで広く知られる3Mグループにおいて、大久保孝俊氏が体得したイノベーション創出のためのマネジメント手法を具体的に紹介します。大久保氏は、自身で幾つものイノベーションを実現しただけでなく、マネジャーとして多くの部下のイノベーションを成功に導きました。

前回:3つの「できる」でイノベーション文化を育てる

  前回、イノベーションに強い企業文化の構築に役立つ「Can RUBシステム」のうち、「Can Recognize」システムの中核となる3つの「気づくことができる」について解説した。この3つの柱を具体的な方法に落とし込んだものが、これから説明する3つの仕掛けである(図2)。

図2 イノベーションに強い企業文化を構築する「Can RUBシステム」
図2 イノベーションに強い企業文化を構築する「Can RUBシステム」
「Can RUB」は、「Can Recognize(気づくことができる)」システム、「Can Utilize(使うことができる)」システム、「Can Believe(信じることができる)」システムの3つのシステムで構成されている。3つのシステムは本来同等だが、今回はCan Recognizeシステムの説明が中心となるので、図ではCan Recognizeシステムに関わる部分の字を大きくした。
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  これらの仕掛けは、実務面でのメリットもあるが、ここでは文化に焦点を当てたい。矛盾するようだが、イノベーションに強い企業文化を構築するための仕掛けとはいうものの、単に仕掛けを導入しただけで企業文化がつくれるわけではない。仕掛けを導入した段階では、「仏作って魂入れず」の状態だ。魂を入れる過程でこそ、企業文化が育まれるのである。3つの仕掛けはイノベーションに強い企業文化をつくるのに有効だが、企業文化もまた3つの仕掛けを効果的に働かせるのに不可欠になる。仕掛けと企業文化は車の両輪であり、2つが同期することで、仕掛けの有効性が高まり、企業文化が確立していけるのだ。

技術を見える化する

 最初の仕掛けは、「技術の見える化」である。3Mの例を挙げよう。3Mは現在、5万5000種類以上の製品を世界で販売している。こうした膨大な製品には多種多様な技術が使われている。全ての技術を理解している技術者は、当然ながらいない。そこで、多種多様な技術を見える化するためのデータベース「テクノロジープラットフォーム」(技術基盤)をイントラネット上に公開している(図4)。

図4 研究開発の基盤技術「テクノロジープラットフォーム」
図4 研究開発の基盤技術「テクノロジープラットフォーム」
「テクノロジープラットフォーム」は、5万5000種類を超える3Mの製品に使われている技術を、「材料」「プロセス」「機能」「アプリケーション」の4つの大項目に分け、それを46に分類したデータベース。適宜更新して新しい情報を掲載している。担当の技術者の連絡先が記載されているので、直接質問することもできる。
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 テクノロジープラットフォームは、さまざまな技術を「材料」「プロセス」「機能」「アプリケーション」という4つの大項目に分け、それぞれの項目ごと、個別のテクノロジープラットフォームにアクセスできるようになっている。プラットフォームの数は46ある。例えば、材料の大項目の中にある「電子材料」や「スペシャリティマテリアル」などが個別のテクノロジープラットフォームに相当する。

 そのため、3Mの技術者がイノベーションに挑戦するときには、まずテクノロジープラットフォームで調べてみることが多い。この仕掛けの特徴は、その技術に詳しい社内の専門家の連絡先を明示していることだ。彼らに連絡を取って、疑問などを直接質問することができる。テクノロジープラットフォームはポジティブな人間の本質である「分かち合う・協力し合う心を持っている」を引き出し、仲間の存在と強みになる経営資源(形式知)に気づくことを促してくれる。