老朽化する“箱”よりIT スタジアム収益化の要諦

「スタジアム・アリーナ改革」、シスコシステムズに聞く(後編)

2017/09/06 05:00

内田 泰=日経BP社デジタル編集部 

 日本のスタジアム・アリーナには収益化の大きな可能性がある――。これまで世界約300カ所以上のスタジアム・アリーナへのIT(情報技術)導入・運営を手掛けてきた米シスコシステムズ社が、国内市場の開拓に本腰を入れている。日本法人のシスコシステムズ合同会社専務執行役員の鈴木和洋氏(戦略ソリューション・事業開発 兼 東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部担当)と、東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部部長の赤西治氏のインタビュー後編では、国内のスタジアム・アリーナの現状や収益化に向けた期待などを聞いた。(聞き手=日経BP社デジタル編集部 内田 泰)

―― シスコ社はスタジアム・アリーナ向けビジネスの分野で豊富な経験と知見を持っていると思いますが、IT化が進んでいる米国と比較して日本のスタジアムの現状をどう見ていますか。

鈴木 米国と比べてかなり遅れていると思います。「とりあえずWi-Fiが導入され始めた」という段階で、ITを基盤にしたサービス提供も試験的なものが多いのが現状です。そもそも、多くのスタジアムがまだIPネットワーク化されておらず、監視カメラやテレビなどが同軸ケーブルで接続されていたりします。

現状のスタジアムの課題。各種ITインフラが別々に導入されているため拡張性に限界がある(図:シスコ社)
[画像のクリックで拡大表示]

 ただ、現状では遅れている分、シスコの米国本社の成長期待は大きいです。米国では1990年代後半からのスタジアムの更新期が過ぎて、現在では“水平飛行”に入っています。IT化のビジネスの中心は、空港などにシフトしています。日本のスタジアム・アリーナ向けのビジネスは、東京五輪が開催される2020年までの約3年間がチャンスと見ています。

スタジアム向け統合プラットフォームのイメージ。統合されたITインフラを活用してスマホのアプリに向けた映像配信や各種サービスの提供、サイネージへの映像・広告配信などを通じて収益を上げていく(図:シスコ社)
[画像のクリックで拡大表示]

 いったんスタジアムをIT化すれば、マネタイズのポイントがいろいろ出てきます。スタジアム関係者だけでなく、IT企業、広告代理店などさまざまな立場の人々が協力して事業モデルを作っていくべきだと思います。まず、スポーツビジネスで「成功モデル」を顧客と一緒に複数作り、それを積み上げてこのビジネスが成り立つことを世の中に証明したいと考えています。

スタジアム、ファン、アスリートをITでつなぐことで新しい事業機会が生まれる(図:シスコ社)
[画像のクリックで拡大表示]

―― 国内でこれまでにシスコ社のスタジアム向けソリューションを導入した事例を挙げてください。

鈴木 西武ライオンズが本拠地とする「メットライフドーム」、楽天ゴールデンイーグルスの「Koboパーク宮城」、ベガルダ仙台の「ユアテックスタジアム仙台」などは、シスコ社の高密度スタジアムWi-Fiを導入しています.例えば、Koboパーク宮城にはWi-Fiのアクセスポイント(AP)が300基程度設置されています。ただし、サイネージは導入されていません。

 ガンバ大阪の「吹田サッカースタジアム」には、フィールドの試合の4K/HD映像をリアルタイムにサイネージや大型ビジョンなどに配信する「Cisco Vision」が導入されていて、250枚のサイネージが設置されています(一部はパナソニックのサイネージソリューションとハイブリッド構成)。

―― 国内でもここ数年、「スマートスタジアム」が注目されていますが、IT化に向けての“壁”のようなものはあるのでしょうか。

鈴木 「素晴らしいビジネスプランや収益モデルが作れたけど、IT導入の初期投資に必要な資金がありません」というケースが多いです。特に地方ではほとんどがそうです。

 日本の場合、3万人収容規模のスタジアムに、高密度Wi-Fi、サイネージ、スマホアプリ・コンテンツの作成といったソリューションを導入すると、工事費込みでおよそ5億~10億円程度の投資が必要になります。ただ、スタジアムの“ハコモノ”は最低でも200億円以上もかかるし、必ず老朽化して魅力が薄れます。それに比べると、投資額はかなり安いと思います。

 シスコ社では、お客様の資金が不足しているときはファンドを通じて初期投資をお手伝いするスキームを用意しています。実際に米国ではその活用例もあります。資金回収の仕方は、お金を全額返金していただく場合もありますが、レベニューシェアやプロフィットシェアなど柔軟に対応できます。

鈴木和洋氏は、2017年10月30日に開講する「スポーツビジネス創造塾」(主催:日経BP総研 未来研究所)で「“ユーザー体験第一主義”への転換、米国における先進事例に学ぶ」と題して講演する予定です。

―― 資金面以外の課題はありますか。

鈴木 資金不足のほかに、利権構造が複雑という問題があります。具体的には、スタジアム、フランチャイズ、物販を別々の組織が運営していて、ステークホルダー間の調整が多いことが阻害要因になっています。

 私は、総務省が主催した「2020年に向けた社会全体のICT化推進に関する懇談会」の「スポーツ×ICTワーキンググループ、スポーツデータ利活用タスクフォース」の構成員を担当していましたが、そこで以下のような内容を提言しました。

1. 地方での「スタジアム・アリーナ改革」は地方創生の一環なので、助成金など支援策を設けてほしい

2. 現状、スタジアムの立地によっては広告・景観規制があって、演出や広告の表現方法に制限がある。プロジェクションマッピングのように自由に壁を使ったり、大型スクリーンによる多彩な演出ができない場合がある。「特区」のような制度をつくって、広告・景観規制を緩和してほしい

3. そもそもIT系の人材が地方で不足しており、スタジアムでのIT活用についてプランニングできる人材がいない。人材を採用する際に、国が支援してくれる制度を設けてほしい

スマートシティーの取り組みと連携

―― 鈴木さんが提言したように、スタジアム・アリーナ改革ではそれを地方創生にどう結びつけるかという観点が重要になっています。これに関してシスコ社はどのようなことに取り組んでいますか。

鈴木  シスコ社もスタジアムとその周辺までを含めた活性化の観点で「スマートシティー」構築のお手伝いをしています。街灯やごみ箱、パーキングスロット、環境センサーなどいろんなものをネットワークでつないで安全・安心な街づくりをしたり、効率的な都市の創造に取り組んでいるので、それらをうまくスタジアムと連携させたいと考えています。実際、そうした提案をしています。

 シスコ社が関与している案件で、2018年以降に実証実験の開始を検討しているプロジェクトがオーストラリアにあります。シドニーでクリケットの試合などに利用されるスタジアムが建設中なのですが、周辺のスマートシティーのサービスと連携させようという計画があります。

―― 最後に、東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルパートナーとしての取り組みを聞かせてください。

鈴木 東京オリンピック・パラリンピックでのシスコ社の主要なミッションは、競技が怠りなく遂行されるように、競技用・事務用のネットワークシステムを構築・運用することです。スタジアム間をネットワークでつないで、スタジアムで取得したデータなどを安全・確実にデータセンターやメディアセンターなどに送ったり、大会を運営するために必要な事務用のネットワークを構築・運用したりすることが最低ラインです。

 その上で、スタジアムやアリーナに高密度Wi-Fiやサイネージソリューションを追加で導入してもらうように提案するほか、他の協賛企業と協力して先進的な取り組みをしていきたいと思います。