「ファンに魅力的な観戦経験を提供し、稼げるスタジアムやアリーナに」――。言うのは簡単だが、実際に具現化していくことは簡単ではない。立地や、利用するクラブの経営状況、競技の特性、ファンの応援文化は、一つひとつの施設で違い、関係するステークホルダーの思惑は異なるからだ。ある施設ではうまくいったことが、他の施設でもうまくいくとは限らない。

 施設の改修には新設とは別の難しさがある。公式戦やファンサービスなどの既存ビジネスと並行しながら、改修を進めなければならない。そもそもの改修計画のベースとなる球団の経営計画や目指すビジョンが明確である必要もある。そうでなければ、改修がビジョンに合ったサービスの形に統合されていかず、バラバラになってしまうリスクをはらんでいる。

 その難しさに挑むのが、プロ野球の埼玉西武ライオンズだ。球団を運営する西武ライオンズは2017年11月、180億円規模をかけて本拠地「メットライフドーム(旧西武ドーム)」を改修する計画を発表した。2018年に同球団は、埼玉県所沢市を本拠地にしてから40周年の節目を迎える。球場改修は、その記念事業でもある。改修の難しさをどう乗り越え、どのようにプロジェクトを進めようとしているのか。同社の経営企画部長兼ボールパーク推進部長で、スタジアム改修計画を担当する光岡宏明氏に聞いた。
(聞き手は、石井 宏司=スポーツマーケティングラボラトリー)
改修後のメットライフドーム正面のイメージ(画像:西武ライオンズ)
改修後のメットライフドーム正面のイメージ(画像:西武ライオンズ)
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MLBの視察、事業体制の改革がキッカケに

―― まず、最近の西武ライオンズの経営環境について教えてください。

光岡 西武ライオンズは2007年までは野球チームだけを運営している会社で、野球事業の興行面は西武鉄道が手掛けていました。西武グループの再編の中で、収支共に責任を持って野球事業を進めるためにチーム運営と興行を集約し、新しい会社として船出したわけです。それから厳しい環境は続いたものの、新会社になって4期目に黒字転換しました。それ以降は黒字を継続しており、2017年度も黒字になる予定です。

 西武グループ内で西武ライオンズが置かれた状況としては、どちらかと言えば、利益確保よりは継続的に野球事業を続けるために黒字を確保しておかなければならないというところがあります。

―― 観客動員数についてはどうですか。

光岡 2008年から継続的に観客動員を伸ばしてきましたが、2014年は5年ぶりにBクラスになったこともあって観客動員を落としました。ただ、2015年以降は観客動員が伸びています。2017年シーズンは、実数発表を始めてから最高の167万3219人の観客動員を達成できました。

―― プロ野球では、球団を保有する親会社との関係性が経営の上で非常に重要な観点となります。西武グループでは2006年頃から様々な改革を走らせたと思いますが、グループ内における球団の位置付けに変化はありましたか。

光岡 確かに当時、西武グループは様々な問題を抱え、社会的にも厳しい評価を下され、少しずつ変わっていかなければならないという状況でした。ただ、鉄道会社やホテルが大きく変わったということを世の中に見せていくのはなかなか難しい。

 そういった中で事業規模としては小さいけれども、グループが変わるということを示す意味では、球団はグループにとって大きな存在だったと思います。

 今ではグループのイメージリーダーとして、球団が様々なことを発信していく役割を担っています。かつてプロ野球球団は、企業の知名度を上げる広告塔として保有される意味合いが強かったですし、西武ライオンズも昔はそうだったと思います。しかし、今ではもっと積極的に、グループのブランド発信を担っている存在と考えています。

―― 単なる認知向上というだけでなく、積極的にグループのブランドバリューを発信する「攻め」の機能を球団が担うようになってきたわけですね。球団改革を進める中で、どのような流れでスタジアムの改修という話に至ったのですか。

光岡 2008年に当時の経営陣が米メジャーリーグ(MLB)の視察に行きました。この視察が、改修プロジェクトのきっかけの1つになったと思います。

光岡 宏明(みつおか・ひろあき)
光岡 宏明(みつおか・ひろあき)
西武ライオンズ 経営企画部長兼ボールパーク推進部長。2002年3月、産能大学(現・産業能率大学)卒業後、トムス入社。経理財務グループで経理・財務業務の仕組み化をはじめとする情報システム構築に携わる。2008年3月、多摩大学大学院経営情報学研究科修士課程修了(MBA)。同年8月にトムスを退社し、同年9月に西武ライオンズ入社。

 チーム運営と興行事業を一体化する前は、スタジアム周辺エリアの施設管理を西武鉄道が手掛けており、西武ライオンズは公式戦がある日にスタジアムを借りるという形をとっていました。保有者と使用者が分離していたため、やはり球団側の要望を実現しにくい状況がありました。

 それを乗り越えるため、チーム運営と興行事業を一体化した2008年に続いて、2013年にも事業再編を行い、スタジアム周辺エリア全体を通年で西武ライオンズが借りて、野球事業だけではなく、施設管理も責任を持って手掛けていく体制に変更しました。その後、2013年から2017年にかけて議論して、改修を検討してきたという次第です。

 ただ、スタジアム周辺の改修を検討する中でいろいろと調べていくと、改修はそう簡単ではないということが分かってきました。このエリアは市街化調整区域に指定されていて、様々な行政との調整や申請が必要ということが分かってきました。例えば、室内練習場や選手寮が古いことは認識していましたが、室内練習場を建てている間は他の施設を建てられません。となると、室内練習場を新設するといった単発の企画ではなく、このエリア全体の改修プランをきちんと練った上で順番に着手していく必要があります。そうしないと、途中で変更がきかないわけです。

 議論の中で、チームの施設の改修は最重要事項ではあるものの、それだけでいいのかという意見が出てきました。スタジアムの外部や場内の売店の老朽化も進んでいたので、チーム施設だけではなく、お客様が利用する施設も併せて考えていく必要があるということになりました。