人事部長の公募、ライセンスビジネスの積極推進など、近年、日本サッカー協会(JFA)がさまざまな改革に取り組んでいる。その旗振り役の一人が2018年3月に専務理事に就任した須原清貴氏だ。これまで「プロ経営者」としてキンコーズ・ジャパンやドミノ・ピザ ジャパンなどでらつ腕を奮ってきた須原氏は、なぜ新たな挑戦の場として、異業種であるスポーツ界を選んだのか。そして日本サッカー界に何をもたらしていこうとしているのか。同氏へのインタビューを前後編の2回に分けてお届けする。(聞き手:上野直彦=スポーツジャーナリスト、久我智也)

田嶋会長から「常勤」のオファー

須原さんはこれまでキンコーズ・ジャパンやベネッセホールディングス、ドミノ・ピザ ジャパンなど、様々な企業で要職に就いてきています。こうした経歴を歩んでいながら、なぜ日本サッカー協会(以下、JFA)に転身をされたのでしょうか。

須原 私はサッカーのプレー経験がなく、子供が通っていたサッカークラブにお父さんコーチとして関わるようになったのが、サッカーとの出会いでした。それから審判の資格を取り、その後、2014年からJFAの審判委員会の委員となりました。

 そうやってサッカー、そしてJFAに携わる中で、審判委員会の小川佳実委員長がJFAの田嶋幸三会長に「変わったやつがいる」と、私のことを紹介したそうなんです。そして田嶋会長に声をかけてもらい、2016年から非常勤でJFAの理事を務めることになりました。当時は他に仕事をしていた状況ですが、サッカーは、プライベートはもちろんのこと、プロフェッショナルというものを考える意味でも私の人生を豊かにしてくれました。そのご恩返しのためにも、非常勤理事のお話を請けることになりました。

 そして2018年3月に田嶋会長が任期の二期目に入る際に、彼から「経営そのものを刷新したいから常勤で来てくれないか」というリクエストがありました。当然、大いに悩みましたが、サッカーへの恩返しをしたいという思いもありましたし、何よりこういったチャンスは滅多にないものですから、当時勤めていた会社を退職し、JFAに転身することに決めました。

 余談ですが、前職を辞する際には田嶋会長からのオファーは公にできるものではなかったので、勤め先のボスにもどこに行くかは言えないまま退職の交渉をしていました。ですから、「うちを辞めてまで行くということは相当いいオファーなんだろう」「そのオファーより高い金額を出すから残ってくれ」と、なかなか退職を認めてもらえませんでした。そこで「実は年収は今より激減するんです」と言ったところ「こいつはいよいよ頭がおかしくなった」「これ以上説得しても仕方ない」と思ったようで、ようやくリリースしてもらえることになったんです(笑)。

JFA専務理事の須原清貴氏。1966年、岐阜県出身。慶應義塾大学法学部卒業後、住友商事に入社。ボストンコンサルティンググループ、キンコーズ・ジャパン、ベネッセホールディングス、ドミノ・ピザ ジャパンなどを経て、2018年3月より現職。ハーバードビジネススクールMBA。2級審判員、3級審判インストラクターの資格も保有する
JFA専務理事の須原清貴氏。1966年、岐阜県出身。慶應義塾大学法学部卒業後、住友商事に入社。ボストンコンサルティンググループ、キンコーズ・ジャパン、ベネッセホールディングス、ドミノ・ピザ ジャパンなどを経て、2018年3月より現職。ハーバードビジネススクールMBA。2級審判員、3級審判インストラクターの資格も保有する
(写真:久我智也)
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年収が大幅に減る中での決断は並大抵のことではなかったと思います。そうまでしてJFAに転身しようと思ったポイントは何だったのでしょうか。

須原 ひとつは先ほど話した恩返しの部分が大きいのですが、非常勤理事として2年間JFAやサッカー界に携わらせてもらった中で、この組織が持つ課題とポテンシャルに対して、自分の中で打ち手のイメージが湧いてきていたことも大きなポイントでした。

 打ち手というのは、対外的なもの、対内的なものの2つがあります。まず対外的な打ち手についてですが、JFAが「SAMURAI BLUE(日本代表)」を中心としたプロモーションを展開してマネタイズにつなげ、活動資金を得ていくというサイクルを構築していることは、日本スポーツ界、あるいはアジアサッカー界における成功事例であると思っています。ただ、こうしたプロモーションはスポンサーやメディアなどのステークホルダーに対してはしっかりと向き合うことができているのですが、一方でエンドユーザーに対しては何もできていないと感じていました。

JFAは「SAMURAI BLUE(日本代表)」を中心としたプロモーションを展開して活動資金を得ている。こうしたグッズは重要な収益源になっている
JFAは「SAMURAI BLUE(日本代表)」を中心としたプロモーションを展開して活動資金を得ている。こうしたグッズは重要な収益源になっている
(写真:久我智也)
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 エンドユーザーにも2種類あり、選手や指導者、審判員といったエンドユーザーと我々の間にはつながりが存在しています。それは、彼らがJFAに登録をしないと試合に出場できないからです。しかしサッカーを楽しむのはそうした競技者だけではありません。楽しみながらボールを蹴る人たち、あるいはプレーはしなくてもサッカーを楽しむという人は数多くいるんです。しかし、そうした人々に対して、JFAとつながるためのインセンティブやメリットを提供し切れていませんでした。それができれば、より大きな「サッカーファミリー」を作りあげることができると感じたのです。

もうひとつの対内的な打ち手とはどういうことでしょうか。

須原 これはJFAだけではなく、他競技や他国のサッカー協会にも通じることかもしれませんが、我々は「これをやる」と決めたからと言って、すぐに実行に移せるわけではないんです。我々にとって大切なパートナーである各都道府県協会さんに納得してもらい、賛同してもらうことで初めて成り立ちます。

 しかし一口に各都道府県協会と言っても、サイズやロケーション、気候など、色々な環境の違いがあるため、何かをやろうと提案しても、すべての都道府県が横一線に賛成するということはあり得ません。そこには非常に複雑なコミュニケーションが求められます。そうなると「反対されているからやらない」という意思決定になってしまいます。なぜなら、それが一番楽だからです。

 確かに複雑なコミュニケーションが求められる事柄は、非常に時間がかかります。ですが、それは新しいことにチャレンジしなくていい理由にはならないんです。そのために、本来ならば経営陣が矛盾を取っ払い、どうやって進めていくべきかを設計し、リーダーシップを持ってチャレンジすることが必要です。しかし私が非常勤理事をやっている間、そうしたことに経営陣が正面から向き合えていないように感じていました。でもサッカーファミリーのためにはそれを乗り越えていく必要があり、私にとっても大きな成長機会だと感じました。