2019年のラグビーワールドカップや2020年の東京オリンピック・パラリンピックなど国際メガスポーツイベントの開催を控え、日本のスポーツビジネスは大きな変革期を迎えている。この追い風を生かして新しいスポーツビジネスの創造を目指す人々が、2018年5月に開催された「スポーツビジネス創造塾 第2期」(主催:日経BP総研 未来ラボ)に集い、スポーツビジネスの未来を議論した。

 2017年10月に続いて2回目の開催となった創造塾では、スポーツビジネスに携わる有識者の講演に加え、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の神武直彦教授のファシリテーションの下、ワークショップやフィールドワークなどが行われた。ワークショップの初日は、チーム編成やブレーンストーミングを実施。2日目には、初日に出たアイデアをより具体的な形に落とし込んでいくために、カスタマー(顧客)を分析し、その体験をデザインするワークが行われた。本稿では、その模様をレポートする。
「スポーツビジネス創造塾 第2期」ワークショップの様子
「スポーツビジネス創造塾 第2期」ワークショップの様子

異なる分野との掛け合わせがスポーツの価値を広げる

 スポーツビジネス創造塾には、3つの特徴がある。1つめは、実際にスポーツビジネスの最前線で活躍している講師陣による講演だ。「スポーツ×グローバル」「スポーツ×ヘルスケア」「スポーツ×まちづくり」「スポーツ×テクノロジー」という4つのテーマの最新情報や事例など、具体的なスポーツビジネスにつなげるヒントを提示することを目指す。

 2つめは、アイデアの創出からビジネスプラン作成までのプロセスを体験するワークショップである。「システム×デザイン思考」を用いて、事業創造プロセスの基本と実践応用できるノウハウを会得し、実際にチームで新しいスポーツビジネスを議論する。

 そして3つめが、参加者同士、参加者と講師陣をつなぐネットワーキングだ。様々な業界から集まったメンバーと交流を深めることで、これまでにないスポーツビジネスを生み出すきっかけづくりにつなげる狙いである。

 創造塾のプログラムディレクターとして全体のファシリテーションを担当した神武直彦氏(慶應義塾大学大学院 SDM研究科 教授)は、もともと宇宙分野の研究者。異分野からスポーツ分野に研究のフィールドを広げ、スポーツにおけるICT活用の研究などに取り組んでいる。

 初日の冒頭に神武氏は、創造塾への期待を次のように話した。

神武 「2019〜2021年に、日本では国際メガスポーツイベントが連続して開催されます。これは、さまざまな立場の方にとって大きなチャンスです。新しいスポーツビジネスを創っていくためには、異なる分野の知見とスポーツを掛け合わせる、あるいはスポーツに新しい何かを導入していくことが重要になります。そうすることでスポーツを軸にした新事業が生まれ、スポーツの価値はさらに広がっていく。この塾を通して、そういったものを創り出していきたいと思っています」

イノベーションに向けた「システム×デザイン思考」

 スポーツビジネス創造塾の第2期には40人近くが参加。プロスポーツチームや広告代理店などで既にスポーツビジネスに携わる受講生に加え、ICT(情報通信技術)企業や事務機器メーカー、飲料メーカー、建設設計会社、商社など多様な顔ぶれが集まった。その多くは、これから新規事業としてスポーツビジネスを展開したいと考えるビジネスパーソンである。

 それぞれの興味ごとに「まちづくり」「ヘルスケア」「テクノロジー」などをテーマにした8チームに分かれ、まずは初日のテーマである「ゴールを決めてアイデアを創出する」ことを目指し、ディスカッションをスタートした。

神武 直彦(こうたけ・なおひこ)氏
神武 直彦(こうたけ・なおひこ)氏
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授。慶應義塾大学大学院理工学研究科終了後、宇宙開発事業団入社。H-ⅡAロケットの研究開発と打上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2018年度より同教授。2013年11月に同大学院SDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザーなどを歴任。アジア工科大学院招聘教授。博士(政策・メディア)。スポーツビジネス創造塾のプログラムディレクター。

 具体的な議論に先立って神武氏が参加者に伝えたのは、「システム思考」と「デザイン思考」を持つことの重要性だ。

 「システム思考」とは、ものごとをシステムとして捉えて、そのシステムを構成する要素やつながりを明らかにする考え方で、それによって、課題解決の際には、多面的な見方で課題を捉え、その原因と解決策を探ることができる。

 一方、「デザイン思考」は、何らかのサービスやプロダクトを生み出す際に、従来はデザイナーがデザインを行う過程で用いる観察や、アイデア創出、プロトタイプなどを行ってイノーべションや合意形成を行っていく考え方である。

神武 「何らかの課題を解決する上で、全体を俯瞰し、多視点で見ていく『システム思考』と、サービスやプロダクトが使われる現場を実際に観察し、プロトタイプを作って検証を繰り返す『デザイン思考』は、新しい事業を創造する上でとても重要な手法です。デザイン思考はゼロから1を生み出すために用いられることが多く、システム思考は1を10や100にしていくために使われることが多い考え方です。SDM研究科では、この2つを組み合わせてアイデアを生み出すことを学んでいきます」

 神武氏は、USBフラッシュメモリーなど画期的なコンセプトで革新を起こしてきた濱口秀司さん(米Ziba Design社、慶應義塾大学大学院 SDM研究科 特別招聘教授)の言葉を紹介した。

神武 「濱口さんは、イノベーションを起こせるアイデアの必須条件を3つ挙げています。(1)見たことも聞いたこともないこと、(2)実現可能であること、(3)物議を醸し出すこと、です」

 全体を俯瞰し、多視点で物事を見据えることで見たことも聞いたこともないことを見い出し、スピーディーにプロトタイプを作ることで実現可能性を示す。そして、世の中に波紋を起こすようなアイデアを形にしていく。「システム×デザイン思考」による事業創造は、イノベーションを起こすために有効な手段になる。