(前回から)若手社員の育成に悩む管理者の相談に対して肌附氏は、若手に「人の嫌がる仕事」を経験させよと説く。若手社員の育成こそ「急がば回れ」、きつい仕事やつらい仕事を無事解決する経験こそが若手の成長を呼ぶという。後編で肌附氏は簡単な図面を7回も書き直させられた自らの若手時代の経験談を披露しながら、きつい仕事をこなす意味を明らかにする…。
編集部:肌附さん自身が若手社員の時に鍛えられた経験で印象に残っているものを教えてください。
簡単な図面を7回書き直し
肌附氏― 生産技術部門に配属され、描くように命じられた最初の図面です。「フロント・ハブ」という鋳造部品の金型の図面でした。A4判1枚程度で済むシンプルな図面である上に、過去の図面をトレースするだけの簡単な仕事でした。しかし、結論から言うと、私は7回も描き直しをさせられました。
最初の図面は、入社して初めて手掛けたこともあって、1週間かけて仕上げて上司に提出しました。ところが、上司はその図面を一目見ただけで、「これではダメだ。描き直しなさい」と言いました。それ以外に説明はありませんでした。
仕方がないので、私は何がいけなかったのかを自分なりに考えて、描き直した図面を上司に提出しました。すると、上司は「ここがダメだな」と修正点を少し指摘し、「もう一度書き直しなさい」と言いました。しかし、描き直して提出し、ダメ出しを食らうという状態がその後何回か続きました。
次第に、私は腹が立ってきました。「いくらなんでも限度がある。こんな簡単な図面を、一体、何度書き直させるのか」と。黙っていられず、私は周囲の先輩に「なぜ、こんなに描き直しを命じられるのか」と聞いてみました。すると、先輩は「初めは誰でもそんなものだ」と言いながら、修正すべき点とその理由を教えてくれました。
こうして描き直して7回目の図面を上司に提出すると、ようやくその上司は「OKだ」と言ってくれました。そして、書き直しを命じた理由を初めてきちんと説明してくれました。「君の図面の描き方に明確な間違いはなかった。だが、ミスを起こしやすい図面になっていたんだ。パッと見ると、0.7mmと太いはずの外形線と、0.3mmと細いはずの寸法線があまり差がないように見えた。よく見ると、矢印の頭が寸法補助線を突き抜けている箇所もあった」。
実は、私はそんなところは適当に描いても分かるという感覚でいました。しかし、上司からこう言われて目が覚めました。「この図面で1個当たり1000万円もする金型を造るんだ。30人くらいの人が機械加工をこなして仕上げていく。その人たちが1人でも図面を見間違えてしまったら大変なことが起きる。君は、この図面を見て金型を造る人たちの気持ちになって図面を描いていなかっただろう?」。
これ以降、私は誰が見ても分かるように丁寧に図面を描くように心掛けるようになりました。線の太さにメリハリを付け、数字や文字も明瞭に書きました。その後、周囲の人や取引先から「君の描いた図面は分かりやすい」と言われるようになりました。今はCADで図面を描くため、線や文字のメリハリの問題はなくなりましたが、誰が見ても誤解しない、分かりやすい図面を描く努力は必要です。
この上司から最初に厳しい指導を受けたことで身に付いたのは、図面の描き方だけではありません。その後、私はあらゆる仕事に対し、問題を出さないために慎重に取り組むことや、分かりやすい表現を使うことも覚えたのです。