ボトムアップからトップダウンまで

 以上の考えから、本連載では、まずはボトムアップに人の脳の仕組みを見ていきます。個々の神経細胞の振る舞いや、脳の各部位がどのような機能を持っているのかを紹介します。次に中間的なアプローチ、つまり心理学などによって動物の振る舞いから得られたデータを基に推測される脳の仕組みについてご紹介します。最後にトップダウンのアプローチで、機械学習やコンピューターによる脳の各機能のシミュレーションについて触れます。

 脳の仕組みについては、なるべく生理学に近づき過ぎないようにし、細部は省略します。必要以上に細かいところを見てもAIの実現という目的から逸れてしまうからです。プログラミング言語を作るときにトランジスタの電子の流れを説明しないのと同様、今回の連載でもあまりにも細かい部分、たとえばニューロンが発火するときのナトリウムイオンの挙動については触れません。また、従来型のAIの技術、例えばゲームのAIや車の自動運転技術などには触れません。先述したように、これらは人間の知性をコンピューターに再現するのとは異なる技術です。

 わかりやすさのため、なるべく多くの図版を使っていきます。その多くは筆者が自作したものです。また、専門用語の初出時には、可能な限り英語表記も紹介します。読者が興味を持ったときに、Webページや論文の情報に触れやすくするためです。

 本連載は、筆者が2015年12月に執筆した「人工知能 Advent Calendar 2015」を基にしています。もともと、日本語のWebページや書籍では、先の図2の上から下まで一気通貫で解説した物が少なく、また情報源が非常に古かったり、偏っていたりして、「人工知能を実現するために必要な情報」をまとめたものがないために、執筆を決めました。数学、情報工学、脳科学、神経生理学、心理学を織り交ぜながら広く浅く解説・紹介をしていく予定なので、お楽しみに。