二つのアプローチ

 では、AGIを一体どうやって作ればいいのでしょうか。具体的な方法はまだあまりよくわかっていませんが、そこに近づく方法として、大きく分けると2つのアプローチがあります。

 1つは、トップダウンのアプローチです。つまり、数学の問題を解く、音声認識をする、顔認識をする、チェスをする、会話をする、といった知能がもたらす高度な振る舞いを、1つひとつ観察・模倣して、知能の振る舞いを網羅的に実現していく方法です。人間ができることをコツコツとプログラミングで再現していけば、いつか人間と見分けがつかない振る舞いをするロボットが作れる、というわけです。従来型のAIの開発を積み重ねていく方法と言えるかもしれません。

 もう1つは、ボトムアップのアプローチです。知性を支えている脳の構造や動作原理を根本まで遡って調べて、そこから再現していくやり方と言えます。動物や人の脳はさまざまな部位から構成されており、それぞれの部位はさらに細かい神経の集まりで、神経の集まりの中ではさまざまな神経細胞が複雑に絡まり合い、それぞれの神経細胞は化学的・電気的なふるまいによって動いています。これらを生理学的に調べていき、コンピュータ上に再現すれば(十分にうまく再現できれば)、知的な振る舞いをするプログラムが作れるはずです。もちろん、両者の中間くらいの部分からのアプローチも有効でしょう(図2)。

図2 人工知能を実現する2つのアプローチ
図2 人工知能を実現する2つのアプローチ
知能がなす高度な振る舞いの模倣から始める(トップダウン)方法と、生き物が共通して持っている神経基盤を明らかにしていく方法(ボトムアップ)が考えられます。実際にはこの2つの協力・融合が必要です。

 筆者は特にボトムアップのアプローチに期待しています。もちろん、飛行機が鳥の完全な模倣ではないのに空を飛べるように、人工知能も脳と完璧に同じことをする必要はありません。しかし、少なくとも何もわからない状態では、まずうまく動いているものをよく観察するのがよいアプローチといえます。

 確実に言えることは、AGIを目指すのであれば、最初からそれを目指したアプローチを取らなければダメなことです。自動車を改良してどんなに高速になっても、月には永遠に行けないのと同じです。月に行きたかったら、まずは小型のロケットを空に打ち上げたり、人工衛星を飛ばしてみたりする段階が必要になります。そのためには、従来のAIの作り方、最近では機械学習などの枠組みからいったん離れて、まず脳のことをきちんと調べたり、シミュレーションしたり、原始的な脳を再現したりすることが重要だと考えています。

 ちなみに、最近話題のディープラーニングはどうでしょうか?詳細は連載の中で触れていきますが、ディープラーニングは用途に特化した従来型の技術であり、ディープラーニングの研究者も「AGIを作ろう」「脳を再現しよう」としているわけではありません。ディープラーニングで学習させるニューラルネットワークも、脳の構造にヒントは得ているものの、実物とはかなりの相違があります。ディープラーニングが即座にAGIの開発につながるという考え方は、少々短絡的だと思っています。