「こんなに怖い思いをしていたのか」

 冒頭で紹介した映像は、まさに(1)の疾患体験の領域での活用事例である。このコンテンツ「VR認知症プログラム」を手掛けたのは、高齢者住宅を運営するシルバーウッドである。

空間認知能力の低下している認知症患者の見え方(画像提供:シルバーウッド)
空間認知能力の低下している認知症患者の見え方(画像提供:シルバーウッド)
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実際は車から降りるという場面(画像提供:シルバーウッド)
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 認知症患者の実体験や有識者の知見を基に作成した映像を、HMDを装着して患者目線で体験することができる。これまでに、記憶障害や空間認識能力の低下を再現した8つの映像を制作しているという。

シルバーウッド 代表取締役の下河原忠道氏
シルバーウッド 代表取締役の下河原忠道氏
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 同社 代表取締役の下河原忠道氏は、「認知症になっても暮らしやすい社会を作るために、患者側の視点に立つことが必要だと考えた」と開発の意図を説明する。同氏は、認知症を知るためのセミナーや書籍の多くが、第3者の視点で学ぶものがほとんどであると指摘する。自分は認知症ではないという前提で、認知症にならないためにはという議論が繰り広げられることに違和感を覚えたのだ。そこで「ほかの誰かの視点に立つことができるVRを活用した」と同氏は話す。

認知症患者の体験映像イメージ。存在しない男性が見えている(画像提供:シルバーウッド)
認知症患者の体験映像イメージ。存在しない男性が見えている(画像提供:シルバーウッド)
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 これまでに、医療・介護関係者や自治体、中高生に対して体験会を実施している。体験した人からは、「こんな風に見えているのか」「こんなに怖い思いをしていたのか」という声が届くという。座学や書面でいくら言われても頭に入ってこないことが、“自分ごと”として感じられるという。「認知症患者がどういう生き辛さを感じているのかと想像力を働かせる一助になるのではないか」と下河原氏は期待する。

 (1)の疾患体験についてはこのほか、ヤンセンファーマが統合失調症の疑似体験を行うことができる「バーチャル ハルシネーション」を手掛けている。同社のMR(医薬情報担当者)が医療機関を訪れた際に医療従事者にVR体験してもらい、疾患への理解を深めるために使用しているという(関連記事1)。