データシェアリングは海外とも協力する必要がある――。日本医療研究開発機構(AMED) 理事長の末松誠氏は、「デジタルヘルスDAYS 2016」(日時:2016年10月19~21日、主催:日経BP社、協力:日経デジタルヘルス)のカンファレンスに登壇、情報共有による研究開発の課題解決に向けたAMEDの取り組みなどについて講演した。

AMEDの末松理事長
AMEDの末松理事長
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 宇宙開発や天文学の領域においては、データシェアが効果的に行われている。例えば、ハッブル宇宙望遠鏡で収集した情報は、多くの天文学者が解析することが可能だ。しかし、科学分野と比較すると、医療分野では「このようなデータシェアが非常に難しい」と末松氏は指摘する。その要因には、論文などで公開するまでデータを外部には出さない研究者独特の特性や、個人情報保護法などの影響で患者のデータを医者が共有しづらくなっている環境などが挙げられる。

 このような状況にあって、AMEDは発足当時から「医療の研究開発における積極的なデータシェアを目指している」(末松氏)。世界的に見ても、データシェアの流れは進みつつあるため、「これをもっと広げなければならない」と末松氏は考える。

 2015年4月に発足し、約1年半が経過したAMED。これまでの改革目標としては、「3省予算ルールの見直しと規制緩和(調整費・年度跨ぎなど)」「グローバルな医療研究開発推進のための連携強化」「大学の研究支援と国のルール整備の是正と啓発」「予算配分制度の問題点是正のためのPilot Projectの実施」を掲げてきた。今後はこれに加えて、「研究申請・報告書などの英語化・簡略化・採択課題のデータベース化」や「“心電図予算”(1年目の予算は非常に大きいが、2年目からは一気に減額される予算のこと)の克服と民間資金(PPP)の活用」にもチャレンジしていくと末松氏は言う。

データシェアリングはどのように活用されるのか

 AMEDでは、“希少疾患”と“がん”の領域におけるゲノム医療の社会実装を推進している。この2つを選んだ理由について末松氏は、希少疾患は「データシェアリングをしないと、患者が絶対に助からないことが分かっているから」、がんは一般的な病気ではあるものの「家族性のがんはゲノムを先に調べておけば予防に役立つほか、研究・解析にも活用でき、それを患者に還元できるから」と説明する。

 では、データシェアリングはどのように活用されるのか。例えば、ある希少疾患にかかった患者のDNAをエクソーム解析で遺伝子の異常を調べると、多くの異常候補が出てきてしまう。このような場合、通常は患者の両親のデータと照合し、数を絞り込んでいくことで子供だけが持つ特有の異常候補を調べていく。

 しかし、家庭の事情などで両親のゲノム解析ができないケースもある。このような場合に、日本で活用されているのが、東北メディカル・メガバンク機構が研究者向けに公開している4000人規模の健常人(日本人)のゲノム情報だ。この公開情報を利用すれば、病的に無関係な異常候補を大幅に除外することができる。このように、患者と両親の遺伝子を解析する「トリオ解析」ができないような状況でも、「現在の日本では、病的な異常候補の絞り込みが非常に効果的にできるようになっている」(末松氏)。

 なお、エクソーム解析は現在国費でサポートされているが、約30%の成功確率で確定診断が出ているという。このような状況にあって末松氏は「データシェアリングは日本だけでやっても意味がない。外国とも協力する必要がある」と考えた。そこで、データシェアリングを広範な医学の研究領域で実施すべく、AMEDは2016年1月にアメリカ国立衛生研究所(NIH)との包括協定を締結している。

 一方で、一般的な病気においては、これからどのようなデータシェアリングをやっていく必要があるのか。日本では、「SCRUM-Japan」と呼ばれる日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニングが先端医療開発センターによって始まっている。SCRUM-Japanにはがんに関連した200以上の医療機関などが協力しており、同意を得た患者から摘出したがん組織をサンプルとして遺伝子解析している。また、薬を使う前と使った後の患者のゲノムを調べ、薬の耐性に関係する遺伝子情報も調べている。

 このような情報は、SCRUM-Japanに参画している製薬企業に提供される。製薬企業は、このデータのなかから「新しい製薬のヒントを見つけていくという仕組みが確立されつつある」(末松氏)。また、参加した患者側には、検査データから個別に治療方針を示すような仕組みが出来上がっている。

 ただし、一般的な病気にデータサイエンスの仕組みを展開するのは非常に大変な側面もある。例えば、アメリカのNIHから支援を受けている研究のデータ量は60PBという膨大なものだが、そのなかで論文作成に利用されているのはわずか12%という。加えて「この膨大なデータの維持には、2007~2014年の7年間で12億米ドルもの費用がかかったそうだ。これはAMEDの1年分の予算に当たる」(末松氏)。