九州大学大学院 助教の広津氏
九州大学大学院 助教の広津氏
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 がん患者の尿1滴の“におい”から早期にがんを診断する。しかも、におい判定を行なうのは線虫――。2015年3月、九州大学のグループが発表した研究報告は、各所で大きな話題を呼んだ(関連記事)。「次世代がん診断サミット2015 ~『超早期』への破壊的イノベーション、始まる~」(主催:日経デジタルヘルス)では、その研究の中心人物である九州大学大学院 理学研究院 生物科学部門 助教の広津崇亮氏が登壇した。

 3月の発表内容から「ほとんどの人に(医師と)勘違いされる」(広津氏)そうだが、肩書を見ればわかるように広津氏の専門は生物科学である。研究を発表後、自らもがん検診を受けたそうで、その辛さが身に沁みたという。その経験を通して、広津氏は「大腸カメラ(大腸内視鏡)を挿入したときの気恥ずかしさや痛みもある。毎年診断を受けるのは面倒と感じた。やはり手軽な早期発見が最良だ」と語った。

 もともと、線虫を用いた嗅覚メカニズムの研究に携わってきた広津氏。今回のにおい判定では、研究界ではポピュラーとされる線虫「C.elegans」を材料として用いる。C.elegansは人間の約3倍、犬よりも多い1200個の嗅覚受容体(においを受け取る分子)を持ち、好きなにおいに寄っていく化学走性を利用して簡便ににおいに対する応答を調べることができる。さらに、嗅覚神経数が10個(犬は数億個)と非常にシンプルなため、解析が容易という利点もある。

 実験では、がん患者の尿に対して誘引行動を示す結果が得られた。がん患者24、健常者218の合計242検体に対し線虫嗅覚による精度検査を実施したところ、がんの陽性反応を見極めた確率(感度)は95.8%と高い数値となった。

 広津氏はこの手法を「n-nose」と名付け、「苦痛がなく、簡便で、素早く、低コストで実現できる」とする。必要な尿は1滴のみで、約1時間半で結果がわかる。また、線虫の飼育コストや機器の導入コストの低さから、先進国だけではなく「全世界に導入が可能」と語った。なお、現状の検体実験結果からは、尿採取であっても糖尿病、妊娠、食事条件などの影響を受けないことが判明しているという。

 これまでに反応したのは胃がん、結腸・直腸がん、前立腺がん、乳がん、膵臓がん、食道がん、肺がんなど10種類。がん探知犬の研究結果を見ると、がん種によって匂いが違う可能性が示されていることから、今後は尿1滴でがん種の特定まで持ち込みたいとする。そして、研究者は普段、論文執筆を重視するが、このテーマについては「自らがn-noseの実用化に向けて本腰を入れていく」と力強く結んだ。