同社は悪性腫瘍の検出システムを放射線医師向けに提供する(写真2)。米国では放射線医師は、医療画像診断サービス会社や医療機関が雇用しており、そういった企業や機関が顧客となる。2015年10月にはオーストラリアの医療画像診断サービス会社であるCapitol HealthがEnliticのシステムを採用すると発表した。これがEnliticにとって、初めての採用事例となった。同時にCapitol HealthはEnliticに対して1000万ドルを出資している。

写真2●Enliticのシステムによる悪性腫瘍の検出イメージ
写真2●Enliticのシステムによる悪性腫瘍の検出イメージ
出典:米Enlitic
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 EnliticのChild氏は「放射線医師は1人の患者のCTスキャンを診断するのに10~20分、その診断レポートを執筆するのに10分程度を費やしている。当社のシステムを利用すれば、CTスキャンの診断時間を半分にすることが可能だ」と説明する。「画像認識技術によって悪性腫瘍の有無が分かるようになるからといって、規制などの問題から放射線医師が不要になることはあり得ないだろう。しかし放射線医師の作業時間が2倍になることで、発展途上国に住む患者がCTスキャンなどを利用しやすくなるようになるはずだ」。Child氏はこのようにもくろみを語る。

医療業界の「素人」が優れたアプリケーションを開発

 Enliticに関して非常に興味深いのは、その陣容だ。Child氏によれば同社のデータサイエンティストは皆、医療関係の経験が無いメンバーばかりなのだという。Child氏自身も米Yale大学では政治学を専攻し、統計学など計量的な手法を使って社会を分析する「計量社会科学」を学んだ。

 同社はデータサイエンティストを全て「Kaggle」というサイトで募集している。Kaggleは世界中のデータサイエンティストに対してデータ分析に関する課題を出し、その成果を競わせるという「データ予測コンペティション」のサイトだ。課題には懸賞金がかけられていて、データサイエンティストは懸賞金目当てに課題を解く。

 Kaggleに課題を出しているのは、データ分析を社外に依頼したい企業や、優秀なデータサイエンティストを見つけたい企業だ。EnliticはKaggleに課題を出し、それをうまく解けたデータサイエンティストを雇用している。医療に関する知識は問わない。

 なぜKaggleなのか。実はEnliticの創業者であるJeremy Howard CEO(最高経営責任者)は、KaggleのPresident兼Chief Scientistでもあった。つまりEnliticは、Kaggleによって優れたデータサイエンティストを見つけられることが分かったHoward氏が、データサイエンティストを活用して新しいビジネスを始めるために設立した会社でもあったのだ。

データサイエンティストが産業を変え始めた

 「Howard氏は、優秀なデータサイエンティストが今後25年間は働き続けられるような企業を作ろうと考えてEnliticを起業した。ビジネスのアイデアとしては、医療画像の診断以外に石油・ガスの探索なども検討していたと聞く」(Child氏)。データサイエンティストが先にいて、適用領域が後から付いてきたわけだ。

 「Kaggleは誰にでもチャンスが与えられ、優れたコードさえ書けば能力を認められるという、とても公平で民主的な場所だ」(Child氏)。そうした場で集められたデータサイエンティストが、「業務知識」の全くない分野でアプリケーションを開発して、既存のプレーヤーをしのぐ成果を挙げ始めている。Enliticは医療業界だけでなく産業界全体の今後を占う意味でも、非常に重要な存在だと言えそうだ。

■変更履歴
記事公開時に「診療放射線技師」としていたのは正しくは「放射線医師」でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/01/05 12:30]