最近、あるテレビ番組で1人のデザイナーがこう話しているのを耳にしました。
「我々は何ひとつ新しいものを作っていない。(大切なのは)どう伝えるかだ」
そのデザイナーは、兵庫県小野市でデザイン事務所のシーラカンス食堂を経営するCEOの小林新也さんです。小野市は、古くから播州刃物の産地で、刃物を作る鍛造職人、その刃物を扱う問屋、材料を扱う事業者が集積しています。小林さんの言葉にある「我々」が指しているのは、播州刃物の産業に関係する人々です。
小林さんは、伝統工芸品である播州刃物を新しい視点で捉え、衰退しつつある日本の刃物産業を現代によみがえさせることに取り組んでいます。
これが評価され、彼がプロデューサーとして関わるチームは、経済産業省の「JAPANブランドプロデュース支援事業 MORE THANプロジェクト」にも選ばれました。
最近、小林さんに直接会う機会があり、デザインという視点でものづくりをどのように捉え、デザイナーとして地域産業の再生をどのように支援しているのか、その思いや実際の活動についてお話を聞きました。
「このままでは、もう何年も保ちません」
小林さんの発言が心に残ったのは理由があります。
このコラムの主題であるBtoB(企業向け)ビジネスでも、「ことづくり」が重要な役割を果たすようになっている。このことは、これまでの本連載で紹介してきた通りです。
ことづくりでは、「デザイン」の視点が必須になります。ここで言うデザインは色や形、いわゆる意匠だけではありません。ビジネス全体を俯瞰して設計するビジネスデザインを含んでいます。最近では「デザイン思考」という言葉を、メディアやビジネス書でも多く目にするようになりました。
新しい製品やサービスを広く「認知」させるためには、デザイン思考が欠かせません。小林さんの言葉からは「自分たちのものづくりを、多くの人にどう伝えるかが大切だ」という強い意思が感じられたのです。
実際、小林さんのお話の内容は、伝統産業やデザインの枠を超えて、日本のものづくりを考える上で示唆に富み、BtoBビジネスというものを考える際のヒントが満載でした。今回は、小林さんに聞いた内容を中心にデザイン思考とBtoBビジネスの関係を考察していこうと思います。
日本の伝統的な刃物、すなわち日本剃刀や和裁に用いられる握り鋏、裁鋏(たちばさみ)、日本包丁、植木鋏、生花鋏、剪定鋏、肥後守(ひごのかみ、折りたためる小刀)などは、現代の生活ではだんだんと使われる機会が減り、それに伴い生産量が減少しています。
「播州刃物も衰退が続き、このままではもう何年も保ちません。限界に近づいている」と小林さん。道具としての刃物は、長い歴史の中で機能性の進化が行き着くところまで行き着いています。仮にこれまでを上回る機能性を実現しても、新たな需要を呼び起こすとは考えにくい。つまり、技術開発では、ほとんど何も解決できない状況に追い込まれているのです。