ワールドテック講師(元トヨタ自動車株式会社FC技術部)の宮本泰介氏
ワールドテック講師(元トヨタ自動車株式会社FC技術部)の宮本泰介氏
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 金属疲労の知識が今、従来に増して必要となっている。品質問題に向ける市場の目が厳しくなり、自動車のリコール原因のうち金属疲労が占める割合は意外に多い。加えて、新しい製品や材料が登場して新たに疲労対策を施す必要が生じているからだ。

 「技術者塾」において「自動車構造部品の信頼を支える 金属疲労メカニズムと疲労向上技術」の講座を持つ、ワールドテック講師(元 トヨタ自動車株式会社FC技術部)の宮本泰介氏に、金属疲労のメカニズムと疲労破壊対策について学ぶ必要性や効果について聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──技術者が今、金属疲労のメカニズムと疲労破壊対策(金属疲労と対策)を学ばなければならない理由は何ですか。

宮本氏:私は、トヨタ自動車で主に金属材料関係の仕事に長く携わりました。そのため、材料評価を目的に、試験片や部品の疲労強度評価を多く実施してきました。しかし、疲労破壊を最も身近に感じたのは、仕事上ではなく、通勤途上で自転車の後輪の車軸が突然折れた時のことでした。

 折れた車軸の破面には大変美しいビーチマーク(貝殻模様)があり、一目で疲労破壊と分かりました。その自転車にはほとんど毎日乗っていたため、総走行距離は数千kmになるかと思います。幸い転倒することはなく自転車が動かなくなっただけでしたが、まさか運転中に太い車軸が折れるなどとは想像すらしませんでした。

 こうした経験もあって、私がいつも心配になるのが、エレベーターやエスカレーターです。毎日、多くの人や荷物を載せて動いているので、いつか疲労破壊を起こすのではないかと考えてしまうのです。特にエスカレーターには、勢いよく走って昇降する人がかなりいるため、繰り返し変動荷重を受ける駆動チェーンや歯車などには大きな負荷がかかっていると思います。

 飛行機も心配になります。安全は十分に担保さているとは思うのですが、飛行中に飛行機の翼が動いているのを見ると、これで問題ないのかなと余計な心配をしてしまいます。

 実は、金属以外の物でも疲労破壊のような現象が起こります。私はギターを弾くのですが、ギターの弦は常に張っているわけではありません。ギターの変形を防ぐために、弾く前にポリアミド(「ナイロン」)製の弦を張り、弾き終わったら弦を緩めるのです。これを繰返していると、しばらくして弦は切れてしまいます。これも疲労ではないかと思っています。このように、疲労は私たちにとって身近なものです。

 金属の疲労現象は1800年代から意識されるようになったと言われています。工業の発展に伴い、金属の疲労破壊による大きな事故が起きて社会問題になることが頻発したからです。ここから、金属製品の信頼性を確保することが重要課題の1つと捉えられるようになり、多くの研究者や技術者が金属疲労のメカニズムの解明と疲労破壊対策を進めて現在に至っています。

 この長い期間で膨大な知識やノウハウが蓄積されたと思うかもしれません。しかし、金属疲労と対策の必要性は今後も増大する一方だと私は考えています。今、日本の基幹産業である自動車では、部品に関するリコールが頻繁にニュースになっています。それらのリコールのうち、金属疲労が原因になっているものがかなりあるのではないかと私は思っているのです。

 いったん品質問題が発生すると、その対策費用は企業にとって大きな負担となります。しかし、それだけでは済みません。現代はインターネットを通して情報が瞬時に拡散するため、品質問題は企業の存亡を左右する問題にもなり得ます。

──金属疲労と対策は、今後もますます必要となるのでしょうか。

宮本氏:先に述べたことと重複しますが、製品は機能だけではなく信頼性でも評価されます。消費者の信頼性に対するニーズはますます厳しくなっています。今後、ますます先鋭化する製品開発において、疲労強度に関する知識や技術は他社製品と差異化する1手法として欠かせないものとなるだけではなく、増大する製品のクレーム費用の低減を図ることにもつながると思います。

 さらに言えば、社会に大きな損害を与え、企業の存亡に関わるようなPL(製造物責任法)問題を起こさないためにも、工場などの生産設備の安全管理においても必須のものです。