知識を互いに教え合う仕掛け

──そのテクニカル・フォーラムとはどのような仕掛けなのでしょうか。

新村氏:テクニカル・フォーラムは、3M社内の技術系社員の集まり。材料や電気、人工知能(AI)など、研究分野ごとに設けられた自主的なコミュニティーです。何の制約も約束もなく、自主的な活動を通してアイデアが生まれ、場合によってはこれを起点に新製品につながります。興味があれば誰でも参加することができ、複数のコミュニティーに参加することも可能です。米国だけではなく、世界のコミュニティーもあり、活動に必要な資金は会社が捻出しています。

 このコミュニティーでは、技術系社員が自分の持つ知識を互いに教え合います。3M社の技術は社員全員のものだからです。使おうと思う意思があれば、どう使うかは自由。このコミュニティーの活動により、互いに欠けた知識を補うことができ、新たな製品の開発に必要な知識を手にできる可能性があります。自分や同じ部署の人間にはない知識でも、3M社員の中で世界のどこかに青色LEDの知識を持つ人がいるかもしれない。その人から教えてもらえば、知識の組み合わせのパズルで欠けていた1ピースがそろい、さまざまな色に発光する照明という新たな製品を生み出せる可能性が高まる。これを狙ったのが、3M社のテクニカル・フォーラムというわけです。

 また、このテクニカル・フォーラムは、社内に研究に対する自由な環境をつくるだけではなく、社員同士が助け合う風土を醸成するという意味もあります。

──世界中の3M社の技術者が皆、テクニカル・フォーラムへの参加を会社から命じられているのですか。

新村氏:いいえ、あくまでも自主的な活動ですから、業務命令ではありません。各コミュニティーは誰かがボランティアで立ち上げたものです。

 3M社の面白いところは、会社が明文化したルールだけではなく、「不文律」を許容しているところです。3M社にももちろん、規則(ルール)があります。倫理的な制約やビジネス上の規則、人事規則など、厳しさは他社と変わりません。その一方で、あえて規則にせず、社内で長年言い伝えてきた、社員なら誰でも知っている不文律が3M社にはあるのです。言語化すると言葉に捉われる弊害がある。そこで、明文化せずに人間の精神的な面を重視することで、時代が変わっても社内で生き続けるようにしているのです。

 よく知られている不文律の1つに「15%カルチャー」があります。これは、業務時間の15%を自分の好きな研究に使ってもよいと認めるものです。ここから誕生した有名な製品に、粘着メモ「ポスト・イット」があります。このポスト・イットの開発では、もう1つの不文律である「ブートレッギング(密造酒づくり)」も功を奏しました。これは、自分が好きな研究を進めるためなら、会社の設備を使っても構わないという不文律です。

 ブートレッギングでは、他部門の設備の使用も基本的に自由です。ただし、優先順位はあります。正規の業務で設備を使用している場合は、当然、そちらが優先されます。正規の業務で空いている場合は使うことが可能です。では、設備が空いていない場合はどうするのか。空くまで待つか、もしくは正規の業務の設備が稼働していない休日に使うことになります。