今ではEMC対策のプロフェッショナルですが、若い頃には失敗も経験したと思います。デンソー時代にEMC対策で味わった苦労を教えて下さい。

前野氏:デンソーに入社して3年目、技術者としてまだまだ駆け出しの頃のことです。私は車載用トランシーバーの設計を担当することになりました。初めて主体的に設計を任されたことから、一心不乱に勉強しながら設計を進めていきました。そして、先輩の設計した既に実績がある受信機のうち、高周波増幅部と周波数変換部、局部発振器に変更を加える一方で、中間周波増幅器以降を流用して、なんとか受信機の設計を完成させました。

 喜び勇んで試作機を製作し、すぐにクルマに搭載して試験を行いました。すると、単体では高感度で受信できていたはずなのに、エンジンをかけると急に受信感度が低下してしまったのです。

 その原因は、少し専門的になりますが、広帯域の受信信号を歪(ひずみ)なく受信しようと中間周波増幅段を間違った形のスタガ同調回路で設計してしまったためです。これにより、調整によっては途中の増幅器で受信信号よりも自動車の点火ノイズの方が大きくなってしまうことがあったのです。恥ずかしながら、競合企業との受信感度競争に勝つことにとらわれ過ぎて、エンジンの点火ノイズの影響を十分に考慮することを忘れていたのです。

 この失敗により、初めて私はEMCの重要性を悟りました。ノイズがいかに恐ろしいものであり、そして電子機器をクルマに搭載することがいかに恐ろしいことであるかを肌身で知ったのです。

EMC対策を学ぶポイントを教えて下さい。

前野氏:電磁気学の感覚が必要です。過去に私自身がそうだったこともあるのですが、EMCの問題は高周波回路技術で解決できると考える人が多いのです。実際には電磁気学的な見地で捉えた方が理解が深まるし、結局は解決への近道になると思います。

 例えば、多くの人は回路の配線(パターン)しか電流が流れないと考えます。ところが実際の電子機器では回路同士が「空間で結合している」のです。IH(誘導加熱)調理器の電磁誘導の仕組みを思い出してもらうとイメージしやすいと思います。電磁誘導ではコイル同士が離れているのに、高周波電力は空間を伝わっています。

 プリント基板の中も同じです。パターンを詳細に見ると、極く薄い1回巻きコイルのようになっています。この1回巻きコイルがプリント基板内に非常にたくさん存在し、これらが空間結合している。詳しくは、電磁誘導結合と容量結合をしています。つまり、誘電体の中をおびただしいノイズが行き来している。この現象を理解にするには、電磁気学の素養が必要になるのです。

技術者塾の講座ではどのような受講者を対象としますか。

前野氏:電子機器の回路設計者や、EMCに関する設計審査(DR)のレビュアー、そして品質保証部門の方が対象となります。