キャストコンサルティング取締役・上海法人総経理の前川晃廣氏
キャストコンサルティング取締役・上海法人総経理の前川晃廣氏
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 成長率の低下に株安、需要の減退──。中国の景気失速が鮮明になった。従来の円高に加えたこの変調が、多くの日本企業に喫緊の対応を求めている。だが、中国ビジネスの真の姿は日本人には見えづらい。そのため、日系企業の中国拠点では今、従業員による不正問題で悩んだり、事業の再構築のための人員削減でトラブルを抱えたりするケースが増えている。

 中国で、そして現地の日系企業で何が起きているのか。「技術者塾」において(1)「日系メーカーのための 中国現地法人における不正発覚と内部統制」〔2016年2月15日(月)〕、(2)「日系メーカーのための 中国現地法人「人員削減」のノウハウ」〔2016年2月16日(火)〕の講座を持つ、キャストコンサルティング取締役・上海法人総経理の前川晃廣氏に聞いた。今回のテーマはリストラクチャリングのための人員削減である。(聞き手は近岡 裕)

──前回は中国の景気の実態と中国人従業員の不正問題について伺いました(「中国の日系企業に巣くう不正行為」)。中国では今、再編や合理化のために中国拠点の人員削減を進める日系企業が増えているとのこと。しかし、それも一筋縄ではいかないという話を聞きます。

前川氏:人員削減の際に中国人従業員との間でトラブルになる日系企業は後を絶ちません。中国人従業員にサボタージュやストライキを起こされることは珍しくなく、最悪の場合はデモに発展してしまったケースもあります。この2~3年、反日ブームは見られません。しかし、反日感情が渦巻いている時期に中国人従業員ともめれば、ブームにのって近隣の人々を巻き込んだ大規模なデモに発展する危険性もあります。2012年に起きた、尖閣諸島の国有化に端を発する激しい反日デモを覚えている日本人は少なくないと思います。この時、日系企業の中国人従業員の一部が反日デモに加わり、日系企業の店舗や工場などで破壊行動を起こしたところもあります。

 日本と同様に、中国にも人員削減において遵守すべきルールがあります。にもかかわらず、そのルールを正確に認識せずに無茶なことをする日系企業がトラブルに見舞われるのです。しかも、ルールを守るのは最低限の話。ルールを遵守した上で、さらに中国人従業員の感情まで踏まえた対策を採る必要があるのですが、そこまで考慮していない日系企業が大半です。

 この原因を探していくと、中国拠点の日本人駐在員の中に労務管理がきちんとできる「人事のプロ」がほとんどいないことが挙げられます。日本の本社では組合経験者が幹部になることが少なくないのに、中国拠点の日本人駐在員に人事部門の社員はまずいません。日本から中国拠点の駐在員として送り込まれるのは、まずは製造部門で、これに営業部門が続き、そして財務部門で終わり。それ以外の部門から送り込まれることはほぼありません。

 そのため、多くの日本人駐在員にとって中国の労働法や労働契約法はちんぷんかんぷん。それならば専門家に頼ればよいものを、勝手に人員削減を進めてしまう。よくあるのが、伝聞で聞いた他社のやり方を真似ることです。その企業の人員削減の方法が適切かどうかは分からないのに。中国人弁護士に頼る日本人駐在員もいますが、中国人弁護士も法律の専門家ではあっても労務の専門家とは限りません。人員削減を進めるときには労務のプロに聞くべきです。

 つまり、人員削減を進める際には経営判断として適性か否かを判断できる労務のプロが必要なのに、そうした人が中国拠点にいなさすぎる。こうした遠因があって日系企業は人員削減でもめるのです。