ICT活用に始まり、人工知能(AI)やビッグデータ、ブロックチェーンなど、テクノロジーが医療の課題を解決するという話をよく聞く。テクノロジーは医療の救世主なのだろうか?

 その答えはイエスでもあり、ノーでもある。医療を救うかもしれないのは、そのテクノロジーそのものではなく、アイデアだからだ。アイデア次第で、テクノロジーは医療を救いもするし、役立たずにもなる。

 医療は人が生きる限り必要なもので、産業としてなくならないと考えられている。そこで、既存・新規にかかわらず、多くの企業が医療業界に参入しようとしている。しかし、診療報酬制度という特殊なルールがある医療業界では、純粋な資本主義が通用しない。また、医療にはインフラの側面もあるため、規制が多い領域でもある。

 例えば、デジタルヘルスのアイデアコンテストなどを覗くと、「プラットフォームを作って、そこに集まってきたデータをビッグデータにしてビジネスをします」「あのシステムはどの医療機関にも導入されているので、マーケットが大きそうだし技術的にも作れる」「理想の医療の形を実現するために、この製品は必要だから作る」といったアイデアを頻繁に耳にする。

 しかし、その新しいプラットフォームにデータを提供してくれるのは誰だろうか? 導入済みのシステムを変える労力を払いたくなるほどのメリットがあるシステムが作れるのだろうか? 理想の医療を実現するために作った製品は、医療者が使いたいと感じてくれるだろうか? 医療現場のニーズと流れを押さえないままに参入しても、うまくいかないことが往々にして起こる。

 大切なのは、テクノロジーをどうやって医療現場で使うかを考えること以上に、まずは医療現場の大きな課題を解決する道筋を考え、その中でテクノロジーが生きるポイントがあれば導入することだ。その第一歩としてまず重要なのは、医療現場の課題やニーズをよく知ることだろう。筆者はここ1カ月、医療×テクノロジーをテーマとした書籍『医療4.0 (第4次産業革命時代の医療) 』(以下、『医療4.0』)の編集に取り組んでいた。

 著者は、眼科医として10年ほど臨床に携わった後、厚生労働省の医系技官を経て、現在は臨床の傍ら、複数の企業の顧問・アドバイザーなどを務める加藤浩晃氏(デジタルハリウッド大学大学院の客員教授)だ。加藤氏が企業でよく相談される「新規」事業として、下記のようなものがあるという。

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 これらは一見新たなテクノロジーを活用した事業のように見えて、多くの人が思い付いてしまうアイデアで、新規性や競争優位性に欠ける。加藤氏は、こうしたアイデアが出てきた場合、先行事例を探すこと、そして「自分(自社)が取り組む意義」を検討することを提案するという。

 本書の第2章は、今の医療×テクノロジーの取り組みをまとめ、最近の流れを把握できるようになっており、先行事例をざっくりと掴むのに適している。

 そして見所は、第3章。各領域で医療現場の課題を見つけ、それを解決しようとしている医師30人の取り組みをインタビューで収録した。30人が持つ課題と未来に向けての取り組みに目を通すと、重視している点に多少の差はあれど、未来の医療像についてはほぼ同様の認識を持っていることが分かる。

 もちろん、30人のアプローチは、診療科や経験などそれぞれの背景によって異なっている。アプローチが違うからこそ、「自分が取り組む意義」があるわけだ。加藤氏は、「医療×テクノロジーの現状と課題を、『点』ではなく『面』で理解できるようにしたい」という思いで、この第3章を構成した。通読いただければ、その思いがしっかりと結実しているのがお分かりいただけると思う。

 実は本書、書き始めから入稿まで1カ月間と、なかなか異例のスケジュールで、なんとか6月25日の発売日を迎えられたばかり。また予約だけで増刷が決まるという状況も異例で、担当編集者としては胸をなで下ろしているところだ(まだ早い?)。興味を持っていただいた方は、ぜひお手に取っていただきたい。