「よーい」は声を抑えてゆっくりと

 例えば、「よーい」を必要以上に大きな声で言ってしまうと、競技者は早く飛び出しがちになります。焦ってスタートを切ると、不正スタートにつながったり、記録が出なかったりするケースが多くなります。これは経験の浅い若いスターターが陥りやすい状態です。競技者は腰をきちんと止めないで、まだ体勢が整わないうちに飛び出してしまうそうです。

 「よーい」は声を抑えてゆっくり引っ張ると、競技者が腰を押さえて止まりやすくなります。とにかく選手が落ち着いてスタートできる状態を作るのが、ベテランスターターです。

 競技においては、予選・準決勝・決勝と同じ人が撃つことが多いので、ベテランの競技者にはスターターの撃ち方の癖が分かってきて、うまく合わせられるようになります。一方、スターターの方もベテランだと、競技者を安心させて出す技術が身についています。スターターと競技者の信頼関係ができると、良いスタートを切れるようになります。気持ちよく走れれば、よい記録につながるのです。

 競技者の成績は競技者個人の努力だけではなく、それを支える技術と人、全ての力が高いところでかみ合ったとき、良い記録が出るのです。本コラムの連載を始めて、そのことを痛感しました。

 1964年東京五輪でスターターの神様と呼ばれた佐々木吉蔵氏は、自分の競技者としての経験をもとに、若い競技者が競技により専念して良い結果を残せるよう状況を改善するために、現役後の人生全てを陸上界に捧げたと言っても過言ではありません。そのストーリーを野﨑先生に伺いながら、陸上の歴史やルールを学ぶことができました。それにしても野﨑先生の多くの体験談は、筆者1人だけが直接聞くのではもったいないと感じたほど貴重なお話でした。

 それでは最後に、オリンピア・オーク(樫)の逸話をご紹介し、「“スタート”をテクノロジーする」を終わりたいと思います。