より良い組織がより良い人材を育てる

 私が監督になってまず手をつけたのが組織づくりです。私には持論が1つあります。それは「より良い組織がより良い人材を育てる」というものです。スポーツでいえばいい選手を、ビジネスでいえば優秀な社員をどれだけ採用しても、組織そのものが腐っていては、彼らは花開きません。個々の能力を伸ばすために、まずはいい組織をつくらなければならないのです。

 では、どのような組織をつくろうとしたのか。それは、個人に依存するのではなく、全体で戦える組織です。「原がいるから一生懸命練習する」「原がいないから練習をサボる」「原が監督を辞めたら弱くなる」−−。そんな組織ではなく、チームとして挑戦し、戦うということをキーワードに掲げました。

 こうした組織にするためには、まずはルールづくりが重要となります。そこで、2004年に入学した8人の選手たちとの最初のミーティングでこんな話をしました。

「これからの4年間、君たちとは共に生活し、陸上競技に取り組んでいくことになるが、正直なところ、この4年間で箱根駅伝に出場するという君たちの夢を叶えることは約束できない。しかし、10年後には必ず俺がこのチームを優勝させる。そのために、これからの陸上競技部の礎となるルールを共につくってもらえないだろうか。そして10年後に優勝した暁には、必ず君たちのことを称賛する。だから、どうか一緒にルールをつくって欲しい」

 彼らとともに青学陸上競技部のルールをつくり、強化を進めていきました。そして5年後の2009年、33年ぶりの箱根駅伝出場を果たしました。翌年以降はシード権をつかみ続け、2015年に念願の初優勝、2016年には連覇を成し遂げたわけです。

 2015年に初優勝を果たしたとき、優勝報告会の場で「今回優勝できたのは、ここにいる現役選手たちだけでなく、1期生が私と共に苦しみながらルールづくりに取り組んでくれたおかげです」と、約束通り、彼らを褒め称えることができ、私は心底ホッとしました。でも、1期生の彼らを箱根駅伝に出場させてあげられなかったことは、本当に悔やんでも悔やみ切れない思いがいまだに残っています。

原氏就任後の青学陸上競技部の箱根駅伝順位推移。計画よりも早くシード権獲得に成功し、計画通り、11年目で初優勝に導いた。その間、箱根駅伝だけではなく、「大学三大駅伝」といわれる出雲駅伝でも2度の優勝(2012年、2015年)を果たしている
原氏就任後の青学陸上競技部の箱根駅伝順位推移。計画よりも早くシード権獲得に成功し、計画通り、11年目で初優勝に導いた。その間、箱根駅伝だけではなく、「大学三大駅伝」といわれる出雲駅伝でも2度の優勝(2012年、2015年)を果たしている
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能力×熱意が個人と組織を成長させる

 2015年、2016年の優勝メンバーが、仮に10年前にいたとしても、恐らくその時は優勝できなかったと思います。それだけ、土台となる組織、そして組織を形づくるルールが重要になるのです。

 私がつくったルールというのは、規則正しい生活をすることです。陸上、特に長距離競技においては、いくらいいトレーニングをしても、夜更かしをしたり、食生活が乱れてしまったりするとパフォーマンスが上がりません。そのため、ごく当たり前のことではありますが、早寝早起きをして、しっかり練習をするとともに、食事もしっかり摂る。ただ、18歳から22歳という若者に規則正しい生活を定着させるにはずいぶんと時間がかかりました。

 さらに、こうしたルールの大前提として、青学陸上競技部には3つの行動指針があります。それは次のようなものです。

一. 感動を人からもらうのではなく、感動を与えることのできる人間になろう。
一. 今日のことは今日やろう。明日はまた、明日やるべきことがある。
一. 人間の能力に大きな差はない。あるとすればそれは熱意の差だ。

 この中でも、3つめについて少し説明をしましょう。個人も組織も、能力と熱意が兼ね備わっていないと成長することはできません。さらにここに1つ付け加えるのなら、方向性も重要だと、最近感じています。いくら能力と熱意があったとしても、正しい方向性に向かっていかないと、個人も組織も成長がないと感じているのです。

 青学陸上競技部は、この行動指針に則って強化を進め、目標達成を成功させたのです。

(次回に続く)

原氏が定めた青学陸上競技部の行動指針
原氏が定めた青学陸上競技部の行動指針
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