AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)をはじめとするITを核にしたスマート化、アジアの中間層の急増、そしてダイバーシティー(価値多様化)——。こうしたグローバル規模の大きなうねりの中で、スポーツビジネスは大きな転換期を迎えている。国内外の専門家がこれから10年のスポーツビジネスを展望したレポート『スポーツビジネスの未来 2018-2027』(日経BP社)を共同監修した、早稲田大学スポーツ科学学術院の間野義之教授と、スポーツジャーナリストの上野直彦氏は、「スポーツビジネスは、世界規模の3大メガトレンドで大きな変貌を遂げる」と予測する。

スポーツビジネスの常識は大きく変わる

 現在、あまたある産業の中でも急速に成長している分野が「スポーツビジネス」である。特に、21世紀に入って、欧米ではプロスポーツビジネスを中心に産業規模は大きくなる一方だ。スポーツビジネス先進国の米国では、その産業規模が同国の自動車産業を超えているという見方もある1)

※本稿は、『スポーツビジネスの未来 2018-2027』の第1章の内容から抜粋した。

 巨大化するスポーツビジネスは、さらなる成長に向けた大きな転換期を迎えている。その背景にあるグローバル規模のメガトレンドは大きく3つある。①IT(情報技術)化による技術革新、②ビジネスの急速なアジアシフト、③ダイバーシティー(多様化)/ボーダレス化による変革、である。スポーツビジネスは、医療・健康や地方創生、働き方改革など様々な社会課題の解決と密接に結び付き、その定義を拡大していく。その結果、これまでスポーツビジネスとは縁のなかった多くのステークホルダーを巻き込みながら成長することになるだろう。

 3つのメガトレンドは、いずれも様々な産業に共通したものである。これからの10年で世界の様相は大きく変わっていく。ネットサービスやソーシャルメディア(SNS)の興隆、IoTやAIの普及といったIT化、中国やインド、東南アジアにおける中間層の増加を中心にした人口動態の変化、そして世界で増加を続ける医療費の抑制や、年齢、性別、働き方など多様な価値観を尊重する機運は、すべての産業の戦略に大きな影響を与えていくことになる。

 もちろん、スポーツビジネスも例外ではない。3つのメガトレンドを軸に、これまでのスポーツビジネスの常識は大きく変容していくだろう。

IT化による技術革新

 IT化による技術革新は、これまでなかなか入り込みにくかったスポーツビジネスに他の産業が参入する大きなビジネスチャンスをもたらす。今後は、ITを共通言語にスポーツ産業と異業種のコラボレーションが進んでいくだろう。IoTやAI、ビッグデータ解析に加え、今後数年で主流になっていく第5世代移動通信(5G)などの先端技術が「スポーツの競技力向上」と「スポーツの新しいエンターテインメントの創造」の両輪を回していく。

 例えば、欧米のサッカーや野球などの試合中継は、ネット動画配信(OTT、over-the-top)が主流になろうとしている。アマゾン・ドット・コム社などの米国IT大手が積極的に新たなスポーツ中継の担い手になり、今やスマートフォン(スマホ)で、“手の中”で気軽に視聴できる時代になった。スポーツコンテンツは国境を越える優良コンテンツとして、今後も人気を高めていくだろう。

間野氏と上野氏が共同監修した「スポーツビジネスの未来 2018-2027」。国内外の専門家が、これから10年のスポーツビジネスの姿を予測した
間野氏と上野氏が共同監修した「スポーツビジネスの未来 2018-2027」。国内外の専門家が、これから10年のスポーツビジネスの姿を予測した

 それと並行して、ソーシャルメディアがもたらした誰でもコンテンツを発信できる環境を背景に、これまでテレビや新聞を中心とするメディアが寡占してきたスポーツエンターテインメントの「大衆化」が進みそうだ。IT武装したスマートスタジアムやスマートアリーナは、これらを中心にしたまちづくりによる環境に配慮したスマートシティーの開発を世界規模で進行させていく。世界的な社会課題である医療費抑制の解決策として、スポーツは医療・健康産業と密接に結び付き、巨大産業を生み出すことになる。

 テクノロジーの発達は我々のライフスタイルやワークスタイル(働き方)も一変させていく。AIの進化は、1日の労働時間を4~5時間に短くするという見方もある。労働時間の減少は自由時間の増大を生む。では、余った時間をどう使うか。多くの人々はスポーツやコンサートなど余暇に向かう傾向が予想されるが、そうなれば、これだけでもスポーツの需要は飛躍的に高まるだろう。

 IoTに代表される先端技術の究極のテーマは、“機械と人間との融合”である。この分野でも新たなスポーツが生まれ、全く新しいマーケットの広がっていきそうだ。例えば、身体に障がいを持つ人がロボティクスなどの先端技術によるアシスト装具や用具を用いて競い合う競技大会が始まっている。2016年10月に第1回大会がスイスで開催された「サイバスロン」である。また、日本国内で始まった「超人スポーツ」の開発などもスポーツの新境地だ。