連載前回で記したように、ARPAネットは1960年代末の開始時点で、通信方式としてパケット交換(packet switchingまたはpacket exchange)を採用した。そしてインターネットもそれを引き継ぎ、現在に至っている。さらにその後、パケット交換は伝統的な電話網への採用が進む。というより、伝統的回線交換方式はパケット交換方式で置き換えられようとしている。

※ 前回は「未来の図書館、夢にとりつかれた男」を参照。

 電話会社は一般にパケット交換の導入に消極的だった。とりわけ米AT&T社は、後で見るように、パケット交換に否定的だった。けれどもパケット交換によるインターネット電話は、いまや珍しくない。実績をふまえ、NTTは東日本・西日本とも、固定電話網の基幹部分を、回線交換方式からインターネット方式に、2025年までに切り替えると発表している[電電、2010]。

 イノベーションの観点から振り返れば、パケット交換はインターネットという巨大イノベーションにおける最大の「差異」とみることができる。「市場への媒介」も、現時点で言えば大成功している。なにしろ100年以上の歴史のある回線交換方式を、すべて置き換えつつあるのだから。

 しかし、差異の創出過程においても、市場への媒介過程においても、パケット交換には紆余曲折がある。目的と結果の関係も錯綜している。

パケット交換方式の概略

 パケット交換とはどんな通信方式か。あらかじめ概略を確認しておこう。パケット交換が音声電話に使われるのは、はるか後年である。しかし、あえて音声電話を例にとる。パケット交換では、例えば電話の音声信号をデジタル化し、そのビットの連なりを決まったビット数のパケット(小包)に小分けする。パケットには宛先(電話なら受信者の電話番号に相当)と、分けたときの順番を付けておく。これらのパケットは、空いている伝送路に順次、送り出される。

 各パケットは伝送路を通って中継地に着き、ここで行き先を確かめられ、空いている伝送路を探して次の中継地に送り出される。これを繰り返して宛先に着く。宛先(受信端)では、違う経路を通って次々に到着するパケットを、発信時と同じ順番に並べ直し、電話なら音声信号にして再生する。

 パケットの受け渡し作業は、すべてコンピューターが行う。通話中であっても電話機同士が電気的に接続されることはない。従って、通話中に特定の通信線を専有しない。どこかが故障しても、迂回して空いている伝送路を探せばいい。だから災害などでネットワークの一部が壊れても、全体は機能し続ける。この点、回線交換機網は、中央の交換機が破壊されると、全体が機能しなくなる。

 連載前回で触れたように、パケット通信では、同じ伝送路を複数のパケットが同時に使おうとして、パケットの衝突が起こることがある。そういうときは、しばらくしてから送り直す。この「しばらく」を決めるのに乱数を使う。「しばらく」が一緒だと、また同時になって衝突してしまうからである。空いている伝送路がなかなか見つからず、遅れてしまうパケットもある。「できるだけのことはするが、保証はしない」。このベストエフォートの考え方(連載前回参照)に、パケット交換は立脚している。

 電話交換の基本は、発信者と受信者の電話機を電線でつなぐことである。ところがパケット交換方式では、線で物理的につなぐ必要はない。つまり交換機は要らない。これは産業的には大きな影響がある。

 交換機は、最も値の張る通信機器だった。図1は交換機の国内生産金額推移である。ピークには9000億円を超えていた生産金額が、近年は数百億円程度だ。交換機は消え去る運命にある(連載第5回参照)。

図1 交換機の生産金額推移
図1 交換機の生産金額推移
(図:経済産業省機械統計を基に筆者が作成)