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HOME新産業異業種連携イノベーションの幸福学 > AIが人形劇に勝てない理由

イノベーションの幸福学

AIが人形劇に勝てない理由

前野教授、吉藤健太朗さんとコミュニケーションの本質について語り合う(その3)

  • 構成=市川 智子
  • 2017/04/05 05:00
  • 動画
  • 1/4ページ
慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と、オリィ研究所・代表取締役所長の吉藤健太朗さんによる対談の第3回。分身ロボット「OriHime」の開発で繰り返したトライアンドエラーで、コミュニケーションや人の存在感、没入感について吉藤さんが考えていた仮説は確信に変わっていく。まず、情報量。ことコミュニケーションに関しては、多いほど優れた結果が出るわけではない。では、どうしたらいいか。コミュニケーションにおける最適な情報とは何か。吉藤さんがたどりついた要諦に前野教授が迫る。
吉藤さん(右)と、前野教授(左)(写真:加藤 康)
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テレビ電話ではできないこと

前野 株式会社オリィ研究所を立ち上げたことで、いよいよ吉藤さんの目指すコミュニケーション・デバイスを製作する準備が整ったんですね。吉藤さんが開発した人型ロボット「OriHime」は、カメラ、マイク、スピーカーを搭載して、行きたいところに行けない人のもう1つの身体、つまり分身という位置付けです。なぜ、インターネットを通じたコミュニケーションを実現するためにロボットを選んだのですか。

吉藤 離れた場所にいる人とコミュニケーションするのであれば、「スカイプで十分じゃん」と言われることもありますが、スカイプのようなテレビ電話ではお祭りやイベントに参加できませんし、家族との時間を過ごすことはできないんです。

前野 機能だけを見れば、「OriHimeは、ただのロボット型携帯電話」と言えなくもない。でも、機能的には似ていても全然違いますよね。

オリィ研究所が開発したコミュニケーションロボット「OriHime」(写真:加藤 康)
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吉藤 「離れた場所にいる人と一緒にいられるデバイス」を作りたかったのです。「もう1つの分身があったら人間はどうなっただろう」と考えてみると、恐らく片方の体が疲れたり、病気をしたりしたら、もう1つのスペアの体に移るでしょう。東京に住んでいる人が奈良に分身を持っていたら、東京にいながら奈良の友人と遊んだり、奈良に住んでいる家族といっしょに初詣に行ったりしながら、東京でも仕事ができるというような使い分けをするだろうと思うんです。

 でも、テレビ電話のような“肉体”がないコミュニケーションツールでそういったことができるかというと、できません。それは「テレビ電話をする時間、電話をする時間」でしかないからです。例えば、会議であれば、テレビ電話でも同じ時間を共有できますが、むしろ学校の休み時間や移動中の雑談といった、要は目的のないコミュニケーションにこそ人間の本質はあるのではないでしょうか。

前野 人の話をただ聞いている時間も含めてということですね。

吉藤 例えば、ご飯をみんなで食べる時に、「同じ釜の飯を食う」という表現を使いますよね。このことはどういう状態かと考えると、文字通りに同じ釜の飯を分け合って食べたとしても、みんなが黙々と何も話さずに下を向いて携帯電話をいじりながら食べるのと、みんな各々が持ち寄った弁当、つまり同じ釜の飯ではないけれども、みんなでわいわい話しながら食べるのとでは、後者の方が言葉の意味に近い。

 「同じ釜の飯」は、ご飯を食べるという目的で時間を共有する際に行われる目的のない会話の積み重ねによって、チームワークのようなものを生むことだと思うんです。でも、それはテレビ会議では実現しにくい。なぜなら、基本的に電話やテレビ会議は目的のあるコミュニケーションツールだからです。

前野 テレビ会議でずっと一緒に時間を過ごすというのではダメということですか。

吉藤 それはそれでいいと思います。ただ、お互いが家でダラーっとしているときや食事をする時などに、常に相手の顔がモニターに映っていると異質に感じてしまう。それは、コミュニケーションにおける違和感につながります。

前野 ロボットの方がいいんですか。

OriHimeの紹介動画(動画:オリィ研究所)

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