各業界から注目される人工知能(AI)。そのAIを、顧客対応業務で活用する動きが目立ってきた。顧客からのチャットや電話の問い合わせに対し、ロボットが自動的に回答を返す、いわば「AI自動応答」である。代表例はネットショッピング「LOHACO」のアスクル、人材派遣サービスのリクルートジョブズなど。これらと同様の動きが、2016年に入ってから加速している。

 1月には関西電力系列の小売電力会社ケイ・オプティコムが、LINEでの問い合せに自動で応答するサービスを開始。4月にはアンビションが、顧客の問い合わせデータを蓄積して最適な物件を定期的に提案するチャットボットシステムを導入。5月には人材募集サイトのウォンテッドリーがFacebookのメッセンジャーを利用したサービスを開始し、SubotがSlack上で利用可能なタスク・スケジュール調整ボットサービスを無料公開した。また、Loco Partnersが提供する宿泊予約サイトのreluxでも6月にFacebookを利用したサービスを開始した。

 動きはこれらネット企業にとどまらない。銀行などの金融機関、さらには行政にまで波及し始めている。例えばみずほ銀行は2016年8月、米国で口座開設などをAIで受け付ける新サービスの実験を行った。銀行によるAI自動応答の採用例としては、2014年11月から相続相談窓口に利用している東邦銀行が皮切り。みずほ銀行の例はこれに次ぐものである。また2016年9月には、神奈川県川崎市と静岡県掛川市で住民対話型AIによる問い合わせサービス「AIスタッフ」サービスの実証実験が始まる。

 このように、立て続けに企業がサービスを導入し始めた背景には、大手IT企業が新たなプラットフォームビジネスへの取り組みとして、チャットボットに力を入れ始めたということがある。Microsoftは3月、SkypeやLINE、Slackなどでbotを使ってユーザーと会話ができるフレームワークを発表した。4月にはFacebookがメッセンジャーでユーザーと会話をする「bots for the Messenger Platform」(Facebook bot)を発表、さらに5月にはGoogleが「Google Assistant」というチャットボットを発表している。これらのツールやプラットフォームによって、手軽にチャットボットを導入できる環境が整ってきたのだ。ほかにも、東芝のクラウドサービス「RECAIUS」をはじめ、AI自動応答に利用できるサービスが増えている。

 こうした仕組みを導入することで、企業は「よくある質問」に対して、いつでも回答できる体制を整えられる。人間のようにどんな質問にも臨機応変に回答することは難しい。だが、カスタマーサポートへの問い合わせの内容を調べてみると大半は「よくある質問」。AI自動応答を採用し、顧客に問い合わせやすい環境を作ることで、満足度を高め、ビジネスチャンスを広げられる。もちろん、人手不足対策にもなり得る。

24時間対応で「サービス利用のハードルを下げる」

 Loco Partnersは2016年6月、Facebook botによるホテル・旅館の検索サービス「reluxトラベルボット」を開始した。reluxは会員制の宿泊予約サイトで、1人1泊数万円からの高級ホテル・旅館のみを扱っている点が最大の特徴である。reluxではもともとWebサイト上で、日時や場所などの条件を指定して宿を検索できる仕組みを用意していた。加えて、「大切な人との記念日に、海の見える宿に泊まりたい」「一人旅で非日常的な体験ができる宿に泊まりたい」といった、あいまいな希望に答えるコンシェルジュサービスも用意している。ただ、コンシェルジュサービスはWeb経由でメールを送るか、電話で直接話すかというやり取り。メールでは即座に返事が返らないこともあって、必ずしもテンポが良くない。電話は途中でやめづらいため、まとまった時間があるときでないと利用しにくい。

 「もっとサービスを利用する際のハードルを下げる手立てはないか」。こう考えて同社が目を付けたのが、チャットボットの導入だった。チャットボットに相談できることは、エリアや日程、宿泊数、利用人数。その段階で提案される候補の中から予約先を選ぶこともできるが、さらに詳しく検索したい場合はコンシェルジュと直接チャットで会話することもできる(図1)。このように、気軽に検索を始め、必要ならばコンシェルジュが相談に乗ってもらうという流れを組み立てることによって、新たな顧客を獲得している。

図1●reluxトラベルボットでのチャットによる宿泊相談
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図1●reluxトラベルボットでのチャットによる宿泊相談

音声による会話で遺産相続の相談員をロボット化

 利用者のハードルを下げるという意味で、今後重要になってくると思われる変化がもう一つある。音声による接客対応だ。AI技術の進化と合わせて、音声認識・合成技術も進化している。ならば、パソコンやスマートフォンの入力に慣れていない高齢者でも気軽に利用できる音声による会話を実現できれば、さらに利用者を広げることができる。

 福島県を基盤とする地方銀行である東邦銀行では、遺産相続に関する手続きの手順を、パソコンやスマートフォンから、音声やテキスト入力によるチャット形式で確認できるサービス「相続手続きナビゲーション」を、東芝ソリューションと共同で開発した。東芝グループが提供するAI技術や音声認識・合成技術などを活用したクラウド環境で稼働するシステムとして、2014年11月にサービスを開始した。