世界で最も過酷なサーキットといわれるドイツの「ニュルブルクリンク」の北コース。そのコースを,「GT-R」の試作車が轟音と共に駆け抜ける。運転席に座るのは,レースドライバーの鈴木利男。開発総責任者である水野和敏が,全幅の信頼を寄せて起用したGT-Rの開発ドライバーだ。
あまりの故障続きで「走ることすらままならない」といわれてきたGT-R。しかし,2004~2005年の徹底した弱点の洗い出しとその根本的な対策によって,大きな変貌を遂げていた。
これまではというと,開発メンバーはGT-Rが持っている高い潜在能力を頭で理解しつつも,それを実感できる機会にはほとんど恵まれなかった。だが,トランスミッションなどに見られた致命的な弱点は跡形もなく克服され,GT-Rの故障は一転して激減,安定して高い走行性能を示すようになっていた。轟音と共に路面を疾走していく鈴木の勇姿は,いよいよGT-Rが「熟成」の期間に突入していくことを開発メンバーに予感させていた。
喜べない“目標達成”
その集団の中に,永井暁と松本孝夫の姿もあった。二人に課せられた役割は,顧客の視点で商品としてのクルマを総合的に評価すること。走行性能はもちろん,運転時の視認性や機器類の操作性などあらゆる項目がチェックの対象だった。永井は評価のための計画と目標を作成し,松本がドライバーとして計画を実行して目標に達しているか否かの判断を下す。
「自分たちが手掛けていたクルマはこんなにすごかったのか」。クルマ全体を見ている永井や松本にしても,ほかの開発メンバーと同様,GT-Rの潜在能力を理屈抜きに実感するのはほとんど初めてといってよかった。何しろ,まともに走ったことがほとんどなかったのだから。
そのクルマが,今となっては見事な走りを見せている。初めのうちはただただ興奮していた。前途洋々じゃないか。しかし,次第に一つの疑問が永井の頭をよぎり始める。「もしかして,自分が設定した目標はとうに上回っているのではないか」。
永井の“懸念”をよそに,試作車がタイム計測の基準であるコントロールラインを通過した。開発メンバーが,何やらざわめいている。