金融業界からスポーツへの転身が増える理由

 今、私が取締役を務めるドームはスポーツ庁に対して、「スタジアム・アリーナ」「大学スポーツ」「女性スポーツ」に加えて、メディアやリーグ、競技団体を改革しなければならないと提案してきました。

 我々のようなスポーツメーカーは、爪に火を灯すように結構頑張っているんです(笑)。そうした中、ありがたいことに、スポーツ産業を大きくしようという志を持った優秀な人材がドームに集まってきています。

 それはなぜか?しがらみやきれいごとばかりで目標を実現しにくい組織が多い中、ドームならば自分の志を具現化できるのではないか。そう思ってもらえているから、人材が集まってくるのだと考えています。それは、責任やミッションが明確だからです。 

三沢 英生(みさわ・ひでお)
三沢 英生(みさわ・ひでお)
ドーム 取締役。1973年神奈川県相模原市生まれ。東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修了後、ゴールドマン・サックス証券、モルガン・スタンレー証券、メリルリンチ日本証券を経て、2013年、スポーツ産業に圧倒的なポテンシャルを感じ、株式会社ドームに参画。今年東京大学アメリカンフットボール部の監督に就任し、チームはもとより、大学の改革にも尽力している。(写真:ドーム)

 私自身、もともとの仕事はスポーツビジネスとは全く違う畑でした。物理学者になりたいと考え、東京大学の理科1類に入学。しかし大学入学後3日で物理学者の夢はあきらめました。ほどなくしてアメリカンフットボール部に入部。大学生活のすべてをフットボールに捧げました。卒業後は大学院に進学し、資源エネルギーの研究をしながら4年間分のリハビリ(笑)に励みました。

 大学院修了後は一転、ゴールドマン・サックス証券へ。給料が最も高い会社に行くと決めて候補を並べたらゴールドマン・サックスが一番上だったからです。ただ、今振り返ってみると、当時のゴールドマン・サックス証券には、後にスポーツビジネスの世界に転じた人材が多かったです。

 私は、ゴールドマン・サックス証券に10年勤めた後、モルガン・スタンレー証券、メリルリンチ日本証券と渡り歩き、約15年間金融業界にどっぷり浸かっていました。その後、現CEO(最高経営責任者)の安田秀一に惹かれ、米アンダーアーマー社の日本総代理店であるドームに参画しました。外資系金融から日本のスポーツビジネスへの転身を奇異な目で見た人も当時は多かったでしょう。

 金融業界からスポーツビジネスに転身する人が増えている理由は、時代の流れがあるのだと感じています。スポーツが大きなビジネスになる。これからもっともっと伸びていく。金融業界に身を置く人間だからだと思いますが、お金の匂いに鼻が利いているのかもしれません。あるいは、マネー以上の価値をスポーツビジネスに見出している人もいるでしょう。スポーツビジネスの世界に入ってくる理由はそれぞれ異なると思いますが、金融業界より年収が下がっても、それ以上に手に入るものがあるという確信を持っている人が多いように思います。

 私自身は米国と仕事をする機会が多かったのですが、1990年代以降に印象的な動きがありました。それは金融業界やコンサルティング業界から優秀な人材が続々とスポーツビジネスに流れ始めたことです。1984年のロサンゼルス五輪が黒字化したことで、米国内でスポーツがビジネスになるとの認識が広がり、ビジネスエリートが動いたわけです。その動きは見る見るうちに加速して、彼らが本気になってスポーツのビジネス化を推進し、スポーツ文化を米国に根付かせていったのです。いわゆるエリート層が先駆者としてスポーツ産業に入っていくことで、スポーツは米国で最先端のビジネスに様変わりしました。

 これと同じことが今、日本でも起き始めています。私の周囲でも、金融をはじめとする全く畑の違う業界で活躍した優秀な人材が続々とスポーツビジネスの世界に転身しています。「何だか日本も雰囲気が変わってきたぞ、あの頃の米国に似てきたじゃないか」。そう感じています。スポーツビジネスが成長に向けたスパイラルに入る土壌ができつつある。これは間違いありません。