イノベーション理論と物性物理学を専門とする京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授の山口栄一氏が、新著『物理学者の墓を訪ねる ひらめきの秘密を求めて』(日経BP社)で偉大な物理学者たちの足跡をたどったことをきっかけに、現代の“賢人”たちと日本の科学やイノベーションの行く末を考える本企画。前々回、前回に続き、青色LEDでノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学教授の天野浩氏との対談の模様を掲載する。
最終回のテーマは日本の科学政策。リサーチ・アドミニストレーターの役割や市民のコミットといった観点から、科学と社会をつなぐための提言に進む。(構成は片岡義博=フリー編集者)
社会を変える技術はあるけれど
山口 大きなテーマで話しにくいかもしれませんが、日本の科学政策をどう見ておられますか?
天野 そうですね。国の「SIP」(戦略的イノベーション創造プログラム)とか「ImPACT」(革新的研究開発推進プログラム)を見ていると、「今の時代、もうちょっと見方を変えなきゃいけないんじゃない?」と感じるところはなきにしもあらずですね*。
山口 今の延長上に目標を置いているということですか?
天野 そうですね。昔から言われていることにこだわりすぎているような気はします。
山口 つまりブレークスルーではない、と。
天野 そのブレークスルーにしても、例えば量子力学を用いたさまざまな基盤技術を見わたしてみると、2000年代はよかったかもしれませんが、「今もそうなの?」とは感じますね。「今の延長ではなく、もっとハイスピードに世の中を変えられる基盤技術は別にあるんじゃないの?」と感じることがあります。
山口 例えば、どういうものが。
天野 例えばパワートランジスターに全部置き換えたら、消費電力のロスが何十分の一かになるでしょう。
山口 それによる省エネの総量は原発数基分になりますよね。
天野 ええ。そういう形にした方が現在の再活性化も早いんじゃないかなと感じます。
山口 確かに。大企業におもねっているという側面があるかもしれません。
天野 そうですね。大企業が昔から上げている看板が、いまだに上がっているような感じがしないでもない。
AIはどこまで人間の代わりができるか
山口 これまでイノベーションの話を伺ってきました。科学が社会を良くするという面がイノベーションだとすると、逆に負の面というか、科学が社会を損なったり、あるいは科学者が答えられなかったりする問題が今いろいろ出てきていますよね。福島の原発事故はその象徴的な例です。
天野 原発の失敗は、まずトラブルが起きたときの対処方法ができていなかった。それから放射性廃棄物に対しても、自国で処理ができずにフランスに任せていました。まず自分でできるようにしてから動かすべきだったと福島の事故を見て感じますね。
山口 しかも、こういうリスクがあるということは、全く国民に知らされていませんでした。