世界遺産の街、グリニッジでロンドン五輪の馬術競技場を建設する。会期終了後には、完全に元の状態に戻さなければならない。その工事監理を担当することになった山嵜一也氏は、厳しい制約への対応に走り回った。五輪開催まで、残り5カ月を切っていた。(ケンプラッツ)

 例年通り天候不順な英国の春の午後。私は王立グリニッジ公園の豊かな緑の木陰で、通り雨が過ぎ去るのを肌寒い思いをしながら待っていた。足元は安全靴。70ヘクタールに及ぶ広大な公園を歩き回るには、いささか不便だが仕方がない──。

 2012年4月、グリニッジ馬術競技場のプロジェクトチームに加わったばかりの私は、現場の全容を自分の足で把握しようと歩いていた。英国を初めとした欧州では、馬術は非常に人気がある。その注目度は、世界遺産であるグリニッジを会場にするにふさわしい。だが、建設に際しては様々な制約が課せられていた。

 長辺100m、短辺80mの馬場と、それを囲む2万人収容のメーンアリーナ。全長6kmのクロスカントリーコース。そしてその間には、厩舎やメディアセンターなどの施設が点在する。これらは全て仮設で、会期終了後にはすっかり元の状態に戻さなければならない。

 そもそも世界遺産に競技施設を計画するというアイデアに対しては、否定的な意見も根強かった。反対派の市民活動団体は、現場工事が始まってからも資材搬入の様子を監視し、その画像を逐次ウェブサイトにアップしていた。

 テムズ川に臨む見晴らしの良い丘のある公園は、ロンドン南東部地区の近隣住民の貴重な憩いの場として親しまれてきた。彼らは英国の短い夏を楽しめる数少ない場所が、工事のために閉鎖されてしまうことに難色を示した。また仮設建築と言いながらも、自然豊かな公園にダメージを与えてしまうのではないかと懸念していた。

五輪開催時の入場風景。ここに至るまでに、様々な苦労があった(写真:山嵜 一也)
五輪開催時の入場風景。ここに至るまでに、様々な苦労があった(写真:山嵜 一也)

 こうした厳しい目をクリアするためにも、細心の配慮が必要だった。しかし、図面上では大丈夫でも、現場に入ると問題が山積していた。