五輪が開催される2012年をロンドンで迎えた山嵜一也氏。不況による解雇を免れ、王立グリニッジ公園での仮設競技施設のプロジェクトの監理を任じられる。誘致段階から五輪プロジェクトとつかず離れずの関係だった山嵜氏の眼前に、リアルな21世紀型五輪の姿が浮かび上がってきた。(ケンプラッツ)

 五輪イヤーの2012年が明けると、人員整理が始まった。多くの契約社員が解雇され、オフィスのデスクは空きが目立っていた。次は正社員にまで及ぶのか──。戦々恐々としながら仕事をしていた。キングスクロス・セントパンクラス地下鉄駅の現場監理プロジェクトでお世話になったボスが、意味深な笑みを浮かべながら私の机の近くまでやってきた。

 (解雇通告か?とうとう私の英国生活もここまでか……。五輪は見られなかったけれど、この事務所や英国からは、ここまで多くを学ぶことができたなぁ)

 早合点して独り感慨にふけっている私に、彼女はおもむろに告げた。「グリニッジの五輪プロジェクトの現場に行ってくれないかしら?」

 王立グリニッジ公園は、地球の東半球と西半球を分ける経度0地点。世界の標準時を決めるグリニッジ天文台がある場所として、観光名所としても有名で、公園全体が世界遺産に指定されている。ここに、馬術と近代五種の仮設競技施設を建設するというプロジェクトだった。収容人数は2万人と、五輪関連の仮設建築の中では最大規模となる。

 4月になりチームに合流すると、見覚えのある人物が五輪施設プロジェクト群を統括していた。初めて参加した会社のクリスマスパーティーで、私の横に座っていた人だった。2004年当時の私は、地下の模型制作室で五輪誘致の模型作りの日々を過ごしていた(第3回“金魚鉢”の中から英国建築界をのぞく )。一方の彼は、当時から五輪誘致合戦のプロジェクトをまとめる役割を果たしていた。お互い共通の話題を見つけ、「2012年なんて近未来だね」と冗談を飛ばし合ったのを覚えている。

 かつて英語での意思疎通が上手くできず、黙々と五輪誘致のマスタープラン模型を作るだけだった私が、実務経験を積み、現場監理として五輪プロジェクトに戻ることになったわけだ。不思議な縁を感じる。

王立砲兵隊兵舎のあるウルウィッチ射撃競技場。ドイツ・ベルリンを拠点とする建築事務所マグマが設計を担当した、7500人を収容する仮設建築だ。外装は単管構造体にメンブレンを配する。カラフルな円形は、空調や観客が出入りするための開口部。同僚が現場監理を担当していて、一足先に竣工させた仮設建築の参照例として見学した(写真:山嵜 一也)
王立砲兵隊兵舎のあるウルウィッチ射撃競技場。ドイツ・ベルリンを拠点とする建築事務所マグマが設計を担当した、7500人を収容する仮設建築だ。外装は単管構造体にメンブレンを配する。カラフルな円形は、空調や観客が出入りするための開口部。同僚が現場監理を担当していて、一足先に竣工させた仮設建築の参照例として見学した(写真:山嵜 一也)

 私が加わった時点で、五輪競技施設プロジェクトは大詰めを迎えていた。長年携わってきたメンバーにとって、ラストスパートの時期だ。興奮とストレスからか、皆のテンションが異常に高い。私は、五輪に対する不思議な縁や好奇心に突き動かされるように、仕事の合間を縫っては各プロジェクトの担当者たちに、それぞれの現場の話を聞いたり、また実際に建設現場に足を運んだりもした。就業後や週末には、五輪にまつわるあらゆるものを目に焼き付けようと、街を探索した。