500社余りの就活の果てに、正式に勤めることができた小さな設計事務所もクビになった山嵜一也氏。しかし、模型制作の腕を見込まれて、大手設計事務所アライズ・アンド・モリソン・アーキテクツに採用されることになった。CAD、CG全盛時代にひたすら模型を作り続ける毎日を過ごした山嵜氏は、ここで五輪誘致のためのマスタープラン模型作成に関わることになる。地下にあった“金魚鉢”での仕事を通じて社内の人間関係の機微を知るなど、建築の実務経験と社会経験の双方を積んでいく。(ケンプラッツ)

 2003年、私は自社ビルを新築したばかりの、アライズ・アンド・モリソン・アーキテクツに入社した。テートモダンの裏手に位置するサザークエリアにある、地下1階、地上5階建てのオフィスだ。ガラス製ファサードに覆われた鉄筋コンクリート造のモダンなビルは、04年の王立英国建築家協会(RIBA)賞に選ばれるなど、数々の賞を受賞した。

 その地下にある模型制作場には、6人の模型制作者が常駐した。ガラス張りで“おしゃれ”ではあるが、狭くて使い勝手が悪かった。皮肉を込めて「フィッシュボウル(金魚鉢)」と呼ばれたこの部屋は、自社内で本格的な模型を作るべきだ、というトップの肝煎りで設けられた。巨大な電動のこぎりなども備えた、工房のような場所だった。

ガラス張りの模型制作場、通称フィッシュボウル(金魚鉢)。この狭く雑然としたほこりまみれの地下の部屋で、数々の模型を作った(写真:山嵜 一也)
ガラス張りの模型制作場、通称フィッシュボウル(金魚鉢)。この狭く雑然としたほこりまみれの地下の部屋で、数々の模型を作った(写真:山嵜 一也)

 コンペ模型のほか、スタディー模型からディテール模型まで、住宅スケールから都市計画まで、終わりなく作り続ける毎日だった。「模型を作りに英国に来たんじゃない」。常にその思いを抱えていた。一方で、アライズ・アンド・モリソンがどんなデザインを手掛ける事務所なのか、その幅広さを味わうことは楽しみでもあった。