用語解説

 TACとは,トリアセチルセルロース(Triacetylcellulose)の略称。三酢酸セルロースまたはセルローストリアセテートとも呼ばれる。天然の高分子であるセルロースを無水酢酸と反応させて,セルロース分子に含まれる水酸基(OH-)をアセチル基(CH3CO-)に置き換える(アセチル化)ことにより得られる高分子がアセチルセルロース。このうち,すべての水酸基をアセチル化したものがTAC(トリアセチルセルロース)である。

 TACはもともと,写真用フィルムの基材として開発されたものだが,不燃性,透明性,表面外観,電気絶縁性などに優れることから,写真フィルム以外の用途開拓が進んでおり,その一環として液晶ディスプレイの構成部材である偏光板の保護膜としての用途が発見された。

一軸延伸PVAを支持

 液晶ディスプレイに使われる偏光板は,一定方向に振動する光のみを通す偏光子を保護層としてのTACフィルムで挟んだサンドイッチ構造をとる。偏光子は,ヨウ素で染色したPVA(ポリビニルアルコール)製フィルムを一軸延伸加工することによって偏光特性(複屈折性)を持たせており,薄く強度面で弱い。このため,両面からTACフィルムで挟むことによって強度面で支持するのである。偏光板の厚さはTACフィルムによって決まってしまう。このため,従来は80μm厚のTACフィルムが主流だったが,50μm,40μm・・・と薄型化が進展している。

 偏光子の複屈折性を微妙にコントロールしているだけあってTACフィルムには複屈折が全くないことが求められる。高分子フィルムの一般的な製法である押し出し成形でフィルムを作ると,樹脂の分子が一定方向に配向し,複屈折が発生してしまう。そこで,TACフィルムの製法としては,ポリマーを溶剤に溶かして広い板の上に薄く広げ,溶剤を揮発させながらフィルムを作製する溶液流延製膜法が一般に使われている。

供給・開発状況
2006/04/28

 薄型テレビの需要が増えるなど,FPD(フラット・パネル・ディスプレイ)市場が活況を呈している。FPDの中でも今後の成長の中核となるのが液晶ディスプレイである。このため,液晶パネルメーカー各社の増産計画が目白押しだ。それにともなって,液晶パネルに使う部材の増産計画も相次いでいる。

 液晶パネルそのものについては韓国Samsung Electronics社に大きく水を空けられているが,それに使う部材となると日本メーカーは高い競争力を持っている。中でも日本メーカーが高いシェアを誇る部材の代表がTACフィルムだ。富士写真フイルムが約8割のシェア,続いてコニカミノルタが約2割と,日本メーカーでほぼ独占している。

 液晶パネルの増産計画が相次いで発表されるのに連動して,富士写真フイルム,コニカミノルタ共にTACフィルムの増産計画を打ち出した。

富士写真フイルム,2008年中に5億8000万m2体制に

 最大手の富士写真フイルムは2006年4月3日,九州で建設中の偏光板向けTACフィルム生産工場の稼働を待たずに,第2工場,第3工場を建設すると発表した。

 同社の九州の生産会社である富士フイルム九州は,2005年4月に第1工場の建設を始めた。稼働は当初2006年12月の計画だったが,2カ月前倒しして10月に第1ラインが稼働する予定である。さらに2007年2月には第1工場の第2ラインを稼働させる。これに引き続き,今回の第2工場の第3ラインが2007年8月,第4ラインが2007年12月,第3工場の第5ラインが2008年4月,第6ラインが2008年8月にそれぞれ稼働する予定である。各ラインの生産能力は年産5000万m2で,既存工場の2億8000万m2体制から2008年度中に5億8000万m2体制に増産する。

コニカミノルタ,2007年中に1億7000万m2体制に

 またコニカミノルタオプトは2006年4月18日,TACフィルムの新工場を神戸に建設する,と発表した。生産能力は年産5000万m2で,2006年7月に着工し,2007年秋の稼働を予定している。

 同社のTACフィルム工場は,L-1工場(2000年3月稼働),L-2工場(2002年11月稼働),L-3工場(2005年9月稼働)があり,生産能力は年産約9000万m2である。これに現在建設中のL-4工場(2006年下期稼働予定)の年産3000万m2が加わり,2006年中に約1億2000万m2となる。さらにL-5工場が加わって2007年中に約1億7000万m2の生産能力になる。

TACフィルム代替の新素材も開発へ

 一方,TACフィルムよりも生産性に優れた新素材の開発も始まっている。


【図】溶融押し出し成型で幅40cmのロール化に成功した複屈折がほとんどない光学フィルム(クリックで拡大表示)

 慶応大学理工学部教授の小池康博氏と科学技術振興機構(JST)ERATO/SORSTフォトニクスポリマープロジェクト光機能発現グループ(グループリーダーは多加谷明広氏)は,ナノ粒子を溶融混練で樹脂と混ぜ合わせてペレット状にし,これを一般的なフィルム製造技術である溶融押し出し成形法によってフィルム化する研究を進めている。

 同グループはこのほど,ナノ粒子(SrCO3)をポリカーボネート樹脂に混練したペレットを作製し,溶融押出成形を使って複屈折のほとんどない光学フィルムを連続して加工する技術を開発した(図)。従来,数cm角のフィルムしか作れなかったが,今回幅40cm×長さ約100mのロールの作製に成功し,実用化への壁を一つ乗り越えたと見る。

 複屈折がなくなったのはナノ粒子の働きだが,これまで凝集してしまって混練が難しかった。そこで,ナノ粒子にコーティングを施すことで,凝集させずに樹脂に混練することに成功したという。

 現状のTACフィルムの製法としては,複屈折を防ぐためにポリマーを溶剤に溶かして広い板の上に薄く広げ,溶剤を揮発させながらフィルムを作製する溶液流延製膜法が一般的だが,大型の製造装置が必要な上に,溶剤をゆっくり揮発させる必要があるため生産性が低い,という問題がある。それに対して開発した光学フィルムは,溶融押出成形を使っているため,低コスト化できる可能性を持っている。

ニュース・関連リンク

液晶パネルの偏光板向けTACフィルムを増産へ,コニカミノルタオプトが新工場建設

(Tech-On!,2006年4月18日)

「フィルム総面積は2.5倍,最大画面サイズは65型」富士フイルムのTAC新工場の建設前倒しの狙い

(Tech-On!,2006年4月3日)

液晶パネルの偏光板保護フィルム代替を狙う──慶応大グループがナノ粒子を分散した複屈折のない光学フィルムの量産技術を確立

(Tech-On!,2006年1月24日)