automatic brake

 プリクラッシュ・セーフティ・システムは,クルマに搭載したレーダが前方の障害物との距離を検知し,衝突の可能性が出てくれば,ドライバーに警告を出す。いよいよ衝突が避けられない状態になれば,約0.6秒前に自動ブレーキを作動させる(プリクラッシュ・セーフティ・システムの用語説明の図1参照)。この「0.6秒」という数字は「ドライバーが操縦不能な状態にあるので自動ブレーキをかけても良い」という国土交通省の技術指針に基づくもの。この間は,ドライバーがステアリングもブレーキも操作できない時間とされている(図1)。

自動ブレーキの作動範囲
図1 自動ブレーキの作動範囲
自動ブレーキが作動するのは,ステアリングもブレーキも操作できない状態。国土交通省の技術指針に沿ったもので,各社とも考え方は同じだ。(図:日産自動車の資料より)

障害物の認識が限界に

 衝突直前の自動ブレーキは,2003年夏に各社が一斉に採用した。同年の6月にホンダが「インスパイア」で世界で初めて実用化したのに続き,8月にはトヨタ自動車が「セルシオ」に,日産自動車が「シーマ」に,それぞれ搭載した。

 各社の自動ブレーキは,クルマが衝突する時の衝撃を緩和するものという位置付けだ。残念ながら障害物にぶつかる前にクルマを止めるものではない。減速度は10~20km/h程度にとどまるため,60km/hで走行している時は衝突直前に40~50km/h程度まで減速するにすぎない。

 理想を言えば,わずか0.6秒間ではあっても,より強力なブレーキをかけて,もっと速度を落とせないかと思える。しかし,各社は強力な自動ブレーキに踏み切れないでいる。

 その最大の理由は,現在のレーダが必ずしも障害物の位置を正確に把握できないということだ。例えばミリ波レーダは,先行車の車体後部からの反射波を受けて先行車の位置を判断する。しかし,クルマの後部は複雑な形状をしているため,反射波は一様に検出できない。このため先行車の位置は大雑把にならざるを得ない。一方,レーザ・レーダは,先行車のリフレクタからの反射波を検出しているため,先行車の位置や大きさを認識しやすい。しかし,雨や霧など天候の影響を受けると性能が低下する。

 仮にレーダが先行車の位置や距離を正確に測定できたとしても,先行車とぶつかるかどうかを予測するのは難しい。実際には,自分のクルマと,衝突相手のクルマの両方が動いており,ぶつかるかどうかは最後の最後まで分からない。ぶつかりそうになったと判断しても,先行車が直前に加速してぶつからないことだってある。

誤作動を避ける

 このように,現行の技術では障害物の位置や動きが正確に認識できないため,自動ブレーキにはつねに誤作動する可能性が秘められている。例えば,カーブを曲がっている時に,壁面や対向車を障害物として認識して自動ブレーキが誤作動してしまうこともあり得る。誤動作を起こしても,安全を確保できるように,というのが自動ブレーキの効きを抑えている理由だ。

 自動ブレーキを強めるには,障害物の認識精度を高めることが必要だ。ただし,日産自動車やホンダは,前方の障害物の認識精度向上について,コストに見合った効果が期待できないとの考えで,開発の優先順位は低いとしている。衝突が避けられない状況での対応に大きなコストをかけてシステムを追加しても,事故全体の軽減効果は低い。むしろ,早い段階で効果的に警告することで,ドライバーに気づかせる方が事故を軽減できる可能性がある,とホンダや日産は考えている。

 一方,コストは多少かかっても認識精度を上げることに力を注いできたのがトヨタ自動車だ。ミリ波レーダと車線維持支援システム用のカメラを組み合わせて障害物の認識精度を高めている。同社は前述のように,まず2003年8月に発売したセルシオでレーダ単体による自動ブレーキを導入したが,さらに2004年7月に発売した「クラウン マジェスタ」では,車線維持支援システム用カメラとレーダの両方を使って障害物を高性能に認識する機能を搭載した。