失明した患者に対し適用する,視細胞を代替する撮像素子などをいう。視力の回復の可否は失明の原因によるが,網膜色素変性や加齢黄斑変性など,視細胞が機能を失っても,網膜が受けた電気信号を脳に伝える視細胞以外の網膜細胞が残存していれば,視細胞以外の網膜細胞を電気的に刺激する人工視覚チップにより視覚を取り戻せる可能性がある。

 デジタル・カメラなどに使う撮像素子の場合,入射光からフォトダイオードが生み出す電荷を,光量に応じた電圧信号に変換して出力する。視細胞を刺激するにはパルス電流を出力する必要がある。

 現在,視覚を取り戻すための人工視覚の形態には3種類ある。視細胞以外の網膜細胞上にチップを設置して視細胞以外の網膜細胞に電気刺激を与える電極を直接当てる「網膜上」,視細胞以外の網膜細胞の下側にある視細胞をチップに置き換える「網膜下」,視細胞よりも外側にある脈絡膜表面にチップを入れる「脈絡膜上」,である。

 それぞれの手法には一長一短がある。例えば,網膜上は電極構造を簡単にできる一方で,チップ取り付け時に眼球内部の硝子体をいったん取り除かねばならず,手術が比較的難しい。網膜下は手術が比較的容易。しかも,チップに受光素子を集積できるので,外部に撮像素子は要らない。ただし,受光素子の大きさに限りがあるため,受光感度を上げるのが難しい。脈絡膜上は手術が最も容易で大面積化も可能だが,分解能を上げにくい。

 網膜下の人工視覚チップを実現するには,大きく3つの課題を乗り越えねばならない。(1)日常で眼球内に入射する光に対してチップの受光感度を高めること,(2)生体内でチップが劣化しないこと,(3)曲面である眼球表面に設置できるようにチップに機械的な柔軟性を持たせること,である。

図 網膜への人工視覚チップの埋め込み
図 網膜への人工視覚チップの埋め込み (日経エレクトロニクス2005年9月12日号より抜粋)